あらすじ
日常の景色に、ふと走る亀裂がある。
朝の挨拶に応じた影が地に落ちず空へ消えるとき。
通勤電車の窓に映る自分の顔が一斉に「赦しは与えられない」と囁くとき。
温めたはずのスープが凍ったまま、液面に「渇いてはならぬ」と浮かびあがるとき。
深夜の廊下に誰もいない祈りがこだまするとき。
この短編集に描かれるのは、誰もが暮らすありふれた風景が、一瞬にして神学的な怪異へと反転する瞬間である。祈りは救いを求める声であるはずなのに、ときにその祈りそのものが裂け目となり、日常を別の次元へと引きずり込む。
そこに現れるのは、幽霊でも怪物でもない。むしろ「信仰の言葉」そのものが、歪みをまとって迫ってくるのだ。影が説教し、鏡が告解し、窓は祈りを拒む。聖句は慰めではなく呪文となり、声なき声が赦しと断罪のあわいで揺れる。
――それでも登場人物たちは、恐怖と神秘のただ中で立ち尽くしながら問いかける。
「祈りとは何か」
「赦しはどこから訪れるのか」
「信じるとは、裂け目を覗き込むことではないのか」
『祈りの裂け目 ―幻想神学短編集―』は、信仰と日常が交差する地点にひそむ微細な歪みをすくい上げ、読者を神学的怪奇の闇へと誘う。恐怖であり、祈りであり、そしてひとつの福音の断片である。