あらすじ
オーリス王国・春の大舞踏会。
豪奢なシャンデリアの下、貴族たちがきらめく衣装を纏って笑い合うその中心で、私は婚約を破棄された。
正装の王子イグナス・オーリス殿下の隣に立ちながらも、殿下はこの数週間ほとんど私に口をきこうともしなかった。以前は少しだけ優しい微笑みも見せてくれたはずなのに、今はわずかに距離を取って歩き、視線すら向けてこない。
(たぶん……あの日のことが原因なのよね)
数日前、城の厨房で使用人たちと菓子を試食していたところを殿下に見られた。あの時の険しい表情が忘れられない。それ以来、まるで私に触れるのも不愉快だと言わんばかりの態度をとられている。
そんな中、会場の奥から客人の一団が進んできた。
白いドレスに金の刺繍。透き通るような肌。菫色の瞳。まるで絵画から抜け出てきたような美しい少女が、ゆっくりと一礼する。
「この方は、マリアベル・ホーリィ様。神の導きによって我が国に遣わされた、本物の聖女であらせられる」
紹介役の声と同時に、殿下の顔にはかすかな感情の動きが浮かんだ。……懐かしさ? それとも、親しみ?
私の胸に、ざわりと不安が波紋のように広がった。
私の方を見て、聖女マリアベルは柔らかく微笑む。私も礼儀として微笑み返した、その瞬間──。