あらすじ
「私が望むこと、それは疲れないこと。そして楽に生きたい」
――八雲影(やくも・かげ)は、幼い頃からそう願い続けてきた。
共働きの両親は家にほとんどおらず、学校では目立たないように振る舞い、指示されたことだけをこなす“良い子”であることが彼女の生き方だった。友達はいない。唯一の話し相手は、母が買い与えた白い猫のぬいぐるみ「おもち」だけ。孤独と無関心の中で育った影は、やがて「人間関係は疲れるもの」と信じ込み、ひたすら楽で安全なレールの上だけを歩くことを選んだ。
進学校に進み、国立大学に進学し、親の勧めで就職。だがそこで待っていたのは、過酷なノルマや上司からの叱責、心をすり減らす日々だった。「疲れたくない」と願いながら、逃げることもできず、ただ消耗していく。そんなある年末、実家へ帰る途中の交通事故が、彼女の人生を終わらせる――はずだった。
目を覚ました影が見たのは、上下左右を埋め尽くす「犬のぬいぐるみ」の山。息苦しいほどの柔らかさに包まれたその世界で、彼女は気づく。自分が“ぬいぐるみ”になってしまったことに。食べる必要も、働く必要もない。眠り続けられる。ずっと夢見ていた「疲れない世界」。しかし同時に、それは「商品」として誰かに買われ、所有される存在でもあった。
やがて、三歳の少女・まいに選ばれた影――いや、新しい名を与えられた「わんた」は、その小さな手に抱かれ、家族の一員となっていく。無邪気に話しかけ、大切に抱きしめてくれるまいの姿に、影は初めて“誰かに必要とされる”喜びを知る。
人間として生きることに疲れ果てていた彼女は、ぬいぐるみとして「守られる存在」から「守る存在」へと変わっていくのだろうか。