あらすじ
『現代狸風説考(げんだいたぬきふうせつこう)──人と異界のあいだに棲むもの』は、小境震え氏がライフワークのひとつとして十数年にわたり重ねてきた取材記録をもとに編まれたものである。
小境氏は学生時代からオカルトや郷土史に関心を抱き、同人誌の制作や小規模な雑誌寄稿を通じて、細々と怪異譚を収集してきた。定職に就くことなく各地を転々とする中で、郷土資料館の片隅や祭礼の場、居酒屋の席や寄合いといった「声が漏れ出す場」で、人々から狸にまつわる体験談を丹念に聞き書きしてきたのである。
氏の特徴は、その誠実な姿勢にある。語り手の証言を決して笑わず、軽んじず、真剣に耳を傾ける。その態度によって、他者にはなかなか口外されない怪異体験が、時に「狸に化かされた話」として小境氏のもとに集まることとなった。こうして「狸譚」は、断片的な噂や一夜限りの酔中談義を超えて、記録として残されるに至った。
氏は常に小さなノートを携帯し、出会った人の口から洩れた言葉を即座に記し、後に丁寧に整理してきた。その「化かし話ノート」こそが本書の基盤である。
本書は、狸という存在を単なる民間伝承に留めず、現代社会の中でなお息づき、笑いと畏怖、虚実の境界を揺るがす「生きた風説」としてとらえ直す試みである。学術的な厳密さを志しつつも、狸という主題の性質上、どこまでが事実でどこからが化かしであるかは判然としない。
場合によっては「記録そのものが化かされているのではないか」とすら思わせる奇妙な齟齬や矛盾も含まれている。
だが、それこそが本書の魅力であり、狸という存在の本質でもあろう。読者はここに収められた数多の証言と記録を通じて、「人と異界のあいだ」を覗き込むことになるだろう。
——編集部