あらすじ
現代日本で、契約社員として働く佐藤祐子(享年五十)。恋愛経験もなく、代わり映えのしない日々に疲弊する彼女の唯一の誇りは、休日に没頭する「料理」だった。
ある夜、過労とストレスで突然死した彼女の前に現れたのは、自称・神様。祐子の料理の熱烈なファンだったという神様は、彼女に一つの頼み事をする。
それは、自身の管理する剣と魔法の世界が「驚くほど料理が不味い」ため、そこに転生し、食文化に革命を起こしてほしいというものだった。
こうして祐子は、美貌も特別な戦闘能力も与えられず、食材のことが分かる【鑑定】スキルと病気知らずの【頑丈】な身体だけを手に、貧しい料理屋『旅人の食卓』の十歳の娘・ユーユとして第二の人生をスタートさせる。
店のメニューは、硬くて少し臭う「ボアの塩焼き」と、味の抜けた「温野菜」だけ。客はまばらで、優しい家族は疲弊していた。だが、ユーユは絶望しない。
前世の知識と【鑑定】スキルを駆使して市場を調査し、誰もが見向きもしない安価な食材――ポポイモ、端切れ肉、古黒パン――の中に「宝」を見つけ出す。それらを組み合わせ、異世界には存在しない調理法で生み出した新メニュー、それは黄金色に輝く「ポポイモコロッケ」。
そのサクサクとろける奇跡の料理は、家族に衝撃的な感動と笑顔をもたらし、寂れた料理屋に希望の灯火をともした。
しかし、同じ町の小高い丘の上、壮麗なアッシュフォード侯爵邸では、深い絶望が支配していた。侯爵家の三男カイン(十歳)は、原因不明の病に冒され、食欲を完全に失っていた。
日に日に衰弱していく息子を前に、どんな名医も、どんな美食も無力だった。権力も富も、愛する息子の命を救うことはできず、両親はなすすべもなく苦悩する。
一方は、ガラクタのような食材から生まれる、素朴で力強い希望の料理。
もう一方は、美食の極みすら受け付けない、冷たい絶望の食卓。
貧しい料理屋の少女が作る一皿のコロッケが、やがて丘の上の悲しみを癒やす鍵となるのか。交わるはずのなかった二人の運命が、食いしん坊な神様の采配の下、今、静かに動き出そうとしていた。