あらすじ
京都市街の北部、船岡山の北側に今宮神社があり、ここの参道には二軒のあぶり餅屋が向かい合わせで商いをしている。神社に向かって北側にある一文字和助と名乗る店は、平安時代より続くあぶり餅の元祖と称している。
桜の花が散り始める頃、二人の婦人がこの店を訪れ子供時分の思い出に浸っていた時、別の婦人から声を掛けられた。それはそれぞれが持っているお守りの機縁であり、幼い頃に富山へ養女に出された妹であった。
父親を亡くし、西陣の機織りの後を継いだ母親に育てられていた三姉妹が、春の日に今宮神社のやすらい祭りに出掛ける時、思いも掛けず母親から三百円の小遣いを貰った。金に困っているはずであり、不思議に思いながらこれを持って家を出た。今宮神社で祭りを見て、あぶり餅を土産として持ち帰りこれを楽しみながら食べた夜に、母親から思わぬ話が長女の妙子にされた。それは末の妹である華子を富山の薬屋へ養女に出すことであった。その支度金として出された金が今日の小遣いであり、妙子は母親の思いに泣きながら寝入っていた。
四月の下旬になって華子は富山へ出向き、母親に捨てられた思いとなり富山で暮らすことになった。
それぞれの暮らしがその後にあり、母親も亡くなって三十三回忌を迎えた日にあぶり餅屋で再会することになったのである。
三人はそれぞれの暮らしを語り、親への恩に思いを馳せていた時、法華経の妙法蓮華の教えに至り、その名前から水子として生を得られなかった蓮子の存在にたどり着いた。船岡山の東端にある建勲神社の境内から夕暮れの東山を眺めていた時、夕日に染められた蓮に似た雲を観止めると、姉妹の再会に合わせ蓮子も来てくれたとの感動に浸っていた。