あらすじ
尾道漢方薬局を営む夫婦が、大量の血液を抜き取られて惨殺される。八十九歳と八十二歳のその老夫婦は、まだ四十歳前後の若々しい肉体を持っていた。
夫婦の一人娘――三阪(みさか)紫乃(しの)(二十五歳)は、福山医大病院漢方診療科の研修医。講師の羽立(はだち)ロイ(三十五歳)は、手首の脈から体調を読み取る「脈診」が得意な天才漢方医。教授の行木(なめき)(六十歳)は、半年前から病欠がちだったが、最近は覇気を取り戻している。
両親が殺された同日、紫乃の宿舎が荒らされ、ノートパソコンが消える。紫乃はロイへ「若返りの薬は実在するか」と意味ありげに問う。折しも昨年、米国の国立衛生研究所(NIH)が「中国奥地の寄生植物『時騙し』が劇的な若返り効果を有する」と発表していた。
米国のアスタリスク製薬が「時騙し」から有効成分「timeless」を単離し、加齢によるあらゆる症状を治す万能薬として臨床試験を開始した。アスタリスクは、時価総額トップの企業となる。一方、中国は、「時騙し」の研究成果が上海薬物研究所から盗まれたものであり、関連する医薬品特許の一切を認めないと主張する。
集団食中毒が発生。うち患者四人が福山医大へ搬送され、入院後に姿を消す。四人は紫乃の居室に潜み、ロイを殴って逃走する。ロイは、紫乃の持ち物を奪う目的で食中毒が偽装されたと疑う。紫乃は、父の創った若返り薬の開発日誌が狙われていると告白する。
NIHに勤める有名研究者かつロイの友人・伊豫(いよ)が、様々な情報をもたらす。「timeless」の臨床試験が、短期間の若返り後に激烈な老化を生じて秘密裡に中止されたこと。株価の暴落を恐れたアスタリスクが、起死回生の若返り薬の情報を求めて新薬の狩人(ドラッグ・ハンター)を雇ったこと。新薬の狩人(ドラッグ・ハンター)は、新薬の情報を得たら情報源を葬ること。そして、「自家製ハーブで早発閉経を克服し、妊娠・出産した五十六歳」という症例が日本国内で発表されていること。
紫乃が何者かに刺され、心肺停止。蘇生したものの、不治の右半身麻痺が残遺する。紫乃は、スマホに保存した日誌を解読し、麻痺を治して欲しいとロイに懇願する。紫乃の父が創った秘薬は、若返りに留まらず、欠損した器官の機能をも蘇らせる、夢の薬だった。
紫乃の父は「時騙し」の近縁種「時戻し(トキモドシ)」を発見し、日本の伝統医学――古流漢方を駆使して永遠の若返り効果を保っていた。しかし、その具体的な方法は、日誌から読み取れない。
ロイと紫乃は、米国へ飛ぶ。アスタリスク製薬の最高執行責任者(COO)は、十五年も音信が途絶えたロイの父だった。ロイの父は、「日本の若返り薬も新薬の狩人(ドラッグ・ハンター)も知らない。『timeless』の臨床試験は大成功だ。人類が今後『若返り』と『老化』の双方を自在に操るための貴重な研究成果を得た」とうそぶく。ふとした父の言動から、「時戻し(トキモドシ)」の有害事象へ漢方で対処する方策がロイの頭に閃く。
帰国後、完成した秘薬を試飲したロイと紫乃は、暴力的な睡魔に襲われる。翌朝目覚めたロイは、体調の劇的な変化に気付く。紫乃の右半身麻痺は、ひと晩でほぼ全治していた。
百歳の老人のごとく容貌が一変し、行木教授が老衰死する。紫乃の父の日誌を手に入れ、「時戻し(トキモドシ)」を濫用していたのだ。行木は、「時戻し(トキモドシ)」の情報を海外へ流し、巨額の報酬と引き換えに紫乃の両親殺害や紫乃殺害未遂の手引きをしていた。
NIHとアスタリスクを見限った伊豫により、急激な老化に因る「timeless」の臨床試験中止と有害事象隠蔽がスクープされる。株価が暴落したアスタリスクは、「timeless」の特許権ごと中国の恒蘭医薬に買収される。その直後、上海薬物研究所が「『時騙し』の若返り効果は中国の伝統医学――中医学を併用すれば永続する。今後は恒蘭医薬と共同で若返り薬を開発する」と発表。「時騙し」および「timeless」の有害事象対策チームのトップ及び広告塔として、伊豫が着任する。行木が情報を流した相手も、上海薬物研究所だった。
真犯人が中国国営の研究機関だと知り、嘆く紫乃へ、ロイは問う。医師として、漢方医として、最も大切なものは何か。紫乃の父は開発日誌を通し、それを紫乃へ遺していた。