あらすじ
1973年の春。進と洋子は高校三年の教室で出会った。やがて進学先は別々となり、一度は遠ざかるものの、再会によって互いの存在はかけがえのないものへと変わっていく。だが、時代の荒波と運命の気まぐれは二人を翻弄し、大学生活、就職、そして結婚や出産といった夢を、砂時計からこぼれ落ちる粒のように静かに奪い去っていった。心の奥底に深く刻まれながらも、二人の歩む道は再び交わることなく、それぞれの人生は積み重なってゆく。
やがて世紀をまたぎ、時代は情報社会を越えて未知の領域へと進む。2140年――人類史に新たな扉が開かれた。冷凍保存されていた扁桃体と海馬から「記憶人格」を再構築することに、世界で初めて成功したのだ。限定的ながら感情応答を備えたAIとの連携によって、人は肉体を離れ、「第二の人生」を歩む存在となる。
愛と喪失を抱えたまま、なお記憶の深みに生き続ける進と洋子。過去に叶わなかった絆は、未来の科学の力によって再び呼び覚まされるのだろうか。半世紀を超えて咲き続ける菫の記憶が交錯する時、この物語は「人間とは何か」という問いに、微かな光を投げかけていく。