あらすじ
「人は、関係性の生き物である」
そして動物は「弱肉強食」ではなく、「適者生存」で命を紡いでいる。
要するに、「強い者」ではなく、環境に最も「適応した者」が未来を築いているという事だ。
なら、関係性の生き物である人間は、個人主義的に生きるだけでなく、団体戦で生きる道も評価されて良いと思う。
そもそも「人間」に価値付けをはじめたのは、支配者層の都合であり、それらの価値観は労働力として付加した、一方的な価値観にすぎないのだ。
そう、水が高きから低きへながれるような、万有引力とは同様ではない。
しかし、現実問題として、金を稼がねば生きてゆけないし、人は負け組と侮蔑されることを忌む。
そういった事実を踏まえた上で、現実に革命を起こしてきた人達を紹介しながら、「差別のない世界」「共生社会」の実現を模索する方法と。
旧時代の価値観にとらわれたままで生じる、機会損失について論じたい。
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駅に設置されるエレベーターの起源や、
(株)ヘラルボニーの取り組み、
東田直樹氏のご活動等に共通するのは、
ルソーの言う「一般意志」ではないかと筆者は思う。
(一般意志=個々の利害を超えて、共同体にとっての利益(=公共益)を追求する意志)
一般意志が薄弱になった現代の病理として、資本主義経済の強者にしか生存権が無いという、偏った上に短絡的な思想が挙げられる。
例えば、「負け組、生産性の無い人間 には、生きる価値がない」だとか、
「そんな奴らに金銭援助は必要だろうか? 生存させない事が、家族にとっても社会にとっても良いのでは」
と、無責任な言論を匿名でばら撒く、悪習慣などがそれだ。
はじめはSNS内やネット上で留まっていたそれらの悪意は、現実に困りごとがあった障害者の方をネット上に晒し上げたり、経済的不安のある施策が実行される度に、「彼らの予算を削ったら、自分たちの生活は楽になるのではないか」という夢物語として、着実に現実に浸食している。
そんな中で一般意志を貫いた人々は、資本主義のあらゆる悪習に対して、どのような革命を行ってきたのだろうか。