あらすじ
突然変異により強大な力と知性を宿し陸上を蹂躙する魚介類「海獣」の脅威が跋扈する都市・宗教国家「日和国(ヒノワノクニ)」。
海獣の襲来によって両親と家を失い宗教法人の運営する孤児院に保護された少年・花三詩音は、家族を殺されたという極度のストレスと耐え難い孤独感によって完全に心を閉ざしてしまい、孤児院での生活や周囲の孤児との人間関係に順応できずにいた。
しかし彼のそんな日々は、異形の瞳を持ち周囲から「魔女」と貶される一人の少女・さくらとの出会いによって一変する。
さくらは「大切な記憶を読み取り、写真として具現化する」という異形の力を使うことができた。彼女はその魔法のような能力を「花言葉(アイデアル)」と呼んでいた。周囲はこの力と花のような歪な形をした彼女の右眼の虹彩を不気味がり、神に仇なす日陰者の「魔女」だと罵倒し、隔離していた。だが詩音の眼にはその力がまるで神のもたらすどんな神秘や祝福よりも美しく輝いているように見えた。
魔法も奇跡も実在する、この世界は絶望だけで埋め尽くされている訳じゃない。
さくらとの出会いによって生きることに少しだけ希望を持つことができた詩音は不器用ながらも少しずつ周囲の孤児たちと絆を深めていき、彼が16歳の誕生日を迎えたころには一つ年上の少年・麻黄とも親友として仲良くなることができた。
8年という長い月日を通してようやく再び手に入れた幸せ。次は絶対失うまいと考えていた、正にその時だった。
「施設内に海獣の群れが侵入した、至急避難せよ!繰り返す…」
その放送が繰り返されることはなく、形容しがたい断末魔によって放送は終了した。そしてまるで津波の如く海獣の群れが再び詩音の前に現れ、周囲の孤児の肉体をむさぼり始める。
海獣の襲来はいつも災害のように不規則なもの。孤児院からの通報によって討伐隊が出動したが、彼らが到着した時には既に手遅れであった。中の孤児たちは無残に体を食い漁られ、中には身元の判別すらつかない遺体も数多くあった。
重傷を負ったものの運よく生き延びた詩音は、多くの友人たちの死とさくらの身元が見つからないことを知り再び絶望の淵に落とされる。しかしこの時の彼は、かつての自分自身とは違っていた。
詩音はかつて、さくらから「魔女になる方法」を聞いていた。そしてそれを実践する準備は既に整っている。
「海獣の血肉を体内に取り込んだ者は、異形の力を断片的に宿すことができる」
例え神の教えに背く異端者だと罵られても、もう構わない。国全体で宗教が重んじられていることを知っていて尚、詩音は本気でそう考えていた。何故なら彼が本当に信じているものはなんの祝福ももたらさない夢物語上の神ではなく、隣で見せてくれたあの一人の魔女の奇跡なのだから。
全身の細胞が人間ではない何かに変化していく気持ち悪さと抉られるような苦痛に悶えながら、詩音は討伐隊の一人に声をかける。
「俺を仲間に入れてください、神なんかに祈るくらいなら自分の手でぶっ殺してやりたいんだ」
これは神への信仰を捨てた魔女の少年の、復讐と信仰の物語。