あらすじ
村人たちは、黙って、吉政を見ていた。吉政は、村人たちが並々ならない思いで、三成を匿っているのを、痛切に感じさせられていた。三成がこの地を選んだ気持ちが熱くこみ上げていた。
「さて、どうするかな。ちょっとやそっとで口を割りそうにもないな。はてはて、困り申した。手荒な真似はしたくない。他の村人のことを考え、心を鬼にして教えてくれぬか」
それでも、村人は、微動だりとしなかった。膠着状態がしばらく続いた。こうしている内に、三成が逃げるのでは、との思いもあった。この場に及んでも吉政は、自分が知っている三成を信じ、村人との交渉に時間を費やすことを選んだ。村人の一人が、吉政たちの後方に視線をやり、涙目になっているのを吉政は気づいた。その時、膠着した時間は、緩やかに綻び始めた。吉政は、その視線を追った。その先には、小汚い男が立っていた。
「久しぶりだな、吉政。改めて言うことでもないが、私が、石田三成だ」
「お懐かしゅう御座います。三成殿」
吉政は、運命の悪戯とは言え、旧知の者を捕らえる心苦しさを嘆いていた。三成は吉政の無言の表情の中に、自分への哀れみを感じていた。 「吉政殿、そこにおる村人は、見知らぬ者たちです。自らの意思で隠れ、また、ここにおりまする。何卒、この意、お汲み取りくだされ、この通りだ」三成は、吉政に深々と頭を下げた。
「みつな…」と、村人が声を発しそうになるのを、三成は大声で制した。「この者達など知りませぬ。百姓ごときが、私と知り合いであるわけがない。敗れたとは言え、私も武士。無礼者、黙るがよい」村人は、三成の意を感じ、大粒の涙を流し、膝から崩れ落ちた。吉政もまた、彼らの意を感じていた。
「三成、ここに捕らえたなり」
田中吉政は、家来が三成に縄をうとうとしたのを制止した。目で三成に吉政は、逃げますまいの確認をとった。それに、三成も逃げはせぬと目線で答えた。
一行は無言のまま宿場町へと向かった。宿場町に着いた田中吉政は、石田三成とふたりで話すための部屋を用意させた。