あらすじ

乾いた音が、机の上で一度だけ鳴った。朱の丸が紙に沈み、黒い字列の終わりに小さな安堵の影が落ちる。——だが、その行は空いている。 一八八九年、冬。条文の縦列は隙なく並ぶ。「天皇は陸海軍を統帥す」。誰もがうなずき、誰もが急いでいた。移植は成功しなければならない。歴史は速度を求め、政治は均衡を偽装する。 「助言と承認」——ある起草者は口にし、別の起草者は口を閉ざした。紙の上には書かれず、会議録にも残らない。代わりに残ったのは、印の音だけだ。 その空欄は、やがて地図になる。凍る港へ向かう汽笛、雪の線路、満洲の土手、銀座の瓦、会議室の椅子。誰も座っていない席が、国家の中心に置かれる。列車は走り始めていた。ブレーキの名は、まだ書かれていない。

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小説を読もう2025/08/12
  • 現在の作品失われた明治憲法の一文