あらすじ
本能寺の変の「新情報」は大正、平成に既に詳しく紹介がされていた!
「真実の歴史探訪」第二弾!
急遽エブリスタで歴史エッセーを連載することにした。
エブリスタの皆さんはご記憶だろうか?
1月4日前後の全国紙で、
<本能寺の変についての新情報が現れた>
と大きく報道がされた。
江戸時代に編纂された『乙夜之書物』という書物に、本能寺の変に明智光秀の重臣として参加して最後は捕らえられ処刑された斉藤内蔵助利三の三男で、江戸時代に徳川家の旗本となった利宗の回想が記されており、
「明智光秀は本能寺の変の際に鳥羽に待機していた」
をはじめ、明智光秀が重臣たちに信長襲撃を打ち明けたときの様子などの新情報が記されているというのだ。
この回想の真偽自体は今後の研究の中で明らかになるだろう。
これとは別に私が言いたいのは、私の購読する「朝日新聞」が1月4日で第一面と二十六面を使って大きく報道し、さらには二十九日と三十一日に「新情報」、「新しい学説」を大きく謳っている斎藤利宗の回想が、既に大正と平成に「新情報」を含め詳細に紹介されていることである。
斎藤利宗の回想の出典は不明であるが、「乙夜之書物」の可能性もある。
紹介者は大正時代がジャーナリストの高瀬 羽皐、平成が藤本正行氏とそうそうたる顔ぶれである。
しかも藤本氏は、「新情報」とされる明智光秀の鳥羽待機の記述にも触れてハッキリあり得ることと意見を述べている。
そのうえで斉藤利宗の回想について多くの研究者のご意見を伺いたいと結んでいる。
私は「朝日新聞」に1月4日、31日と二回投書し、今回の記事について肯定的に評価したうえで、
「高瀬、藤本両氏の先人の研究についても併せて紹介頂きたい」
と述べた。二度目の投書の際にはハッキリ、
「記事を書かれた方に、この投書をお見せ頂きたい」
と書き添えておいた。
さらに「朝日新聞」の意見受付コーナーに2月2日、会社の休憩時間に直接電話をして同様の意見を伝えた。
2月7日現在、特に同社より反応もないため、エブリスタにエッセーのかたちでもう少し詳しく紹介させていただくことにした。
最期になるが、私は先人の努力に敬意を表すことが学問の基本であり、日本の社会や文化の発展につながると心より信じている。