あらすじ
黒崎冴子、29歳。
桐山アーツ所属の一流オークショニアにして、誰もが認める“嬢王(クイーン)”。
高級オークション会場を冷静に仕切る完璧な進行、毅然とした立ち居振る舞い――
その姿に、誰もが一目置き、近づきがたい光を感じていた。
だが、その実像は少し違う。
冴子のもうひとつの顔は、アニメと“推し”に全力な実況配信者「夜空しずく」。
匿名のアカウントで、深夜にイヤホン越しの世界へ想いを語る――
それが、彼女にとって唯一「素の自分」でいられる居場所だった。
昼はプロとしての“理想像”を演じ、夜は誰にも気づかれず「好き」を語る日々。
その二重生活が、ある配信の拡散をきっかけに、静かに揺らぎ始める。
本名も顔も伏せていたはずの“しずく”の声が、ネットで噂になり、身近な人の耳にも届いてしまう。
どこかで、誰かが、自分に気づきかけている――
焦りと不安のなか、冴子の心にじわりと広がるのは、「それでも伝えたい」という矛盾した想いだった。
やがて、匿名の視聴者から届いたひとつのメッセージが、冴子の足を止める。
「あなたの配信に、救われた夜がありました」
その言葉が、完璧さの陰で閉ざされていた感情をそっと溶かしてゆく。
強く見せていたのは、傷つくのが怖かったから。
孤独に慣れていたのは、素顔を知られるのが怖かったから。
でも、好きなことを好きだと言ってくれた誰かがいてくれるなら――
冴子は、初めて“夜空しずく”として自分の言葉で想いを届ける覚悟を決める。
これは、「完璧でなければ愛されない」と信じていた少女が、
ほんとうの自分の声で誰かとつながる、小さくて強い物語。
“強さ”と“共感”は、同時に持っていていい。
仮面の下の素顔ごと、冴子は前を向く。