あらすじ
母が家を出て行ったのは、吹雪の日だった。
僕たち家族の住む家は森林のほど近くにある狩猟可能区域にあった。
父は人喰いの『名前を呼んではならないあの獣』を専門に、僕は小型の獣を中心に狩猟に従事し生計を立てている。
僕は育つにつれて、まるで母の血など一滴も入っていないかのように父に生写しになっていった。
僕らは同一の種族、同一の群れ、同一の個体であるかのように、境目があやふやになっていた。それは森に生きる動物たちの生態とよく似ていた。
『獣』の痕跡を見つけた翌朝、父と僕は森へ入った。
いつの間にか粉雪が降り始めていた。
母は都会に出たのだと、頭では分かっている。でも。僕の目はいつだって雪の向こうに母の姿を探してしまう。
だから僕は、突然現れた獲物に気付くことができなかった。
ロシア語には熊を表す単語がないそうです。
名前を呼ぶと呼び寄せてしまうからだとか。
『蜂蜜の在処を知るもの』だと締まらないので、本作では『名前を呼んではならないあの獣』とさせていただきます。