あらすじ
1945年8月9日 午前11時02分
長崎市松山町の上空約500m付近で、米軍のプルトニウム型原子爆弾が炸裂し、7万人以上のかたが犠牲になりました。
助かっても、放射能の被曝による、いわゆる原爆症で、いまも苦しんでおられる方がたくさんいます。
平和な時代に生まれた自分の命は、自分だけのものではなく、多くの人の犠牲のうえに成り立っているものだと、思い知らされます。
終戦から何年経っても、そのことを忘れてはいけません。
80年前、長崎に落とされた原子爆弾が、どうか人類最後の核爆弾になることを祈っております。