あらすじ
彼のことを、思い出、とは言いたくない。彼の記憶があまりに鮮明すぎるからだ。俺の中で、彼の部屋のカーテンや壁紙ですら色褪せていないのに、どうして彼のことを、色褪せた思い出なんかにできるだろうか。彼は、ずっと俺の中にいる。鮮烈だった、はじめての恋。あの、熱い血潮が透けて見えるような真っ白い肌と、凍てつく北極の氷みたいに不純物のない黒い瞳。彼が俺をまるで愛さなかったことくらいは、あの頃も今も分かっているけれど、俺はどうしようもなく彼を愛した。今も、愛している。記憶の中の彼は、当然ながらいつまでも若いままで、燦然と輝きを放っている。今現在の彼がどこでなにをしているか、俺は一つも知らないから、記憶の中の彼を汚すものは、ひとつもない。まっさらなままだ。多分彼は、もうこの世にはいないのかもしれない。そういう刹那的な生き方をしているひとだったし、長生きを望んでいるようにも見えなかった。そして、それが似合うようにも。分からない。私が彼に、生きていてほしくないだけかもしれない。それは、現実に肉を持った彼の存在を恐れるみたいに。