あらすじ
少しだけ足を引きずって歩く。
雨音が響く静かな廊下には、体育館からのいろんな部活の声が聞こえる。
部活に出られない日々は、どうにも落ち着かなくて。
リハビリ帰りの体で、また学校へ戻ってきた。どこか冷たい校舎の空気が染みる。
「朝比奈」
名前を呼ばれて、振り返ると、そこに立っていたのは――結城律人先輩だった。
誰もが「怖そう」「近寄りがたい」って言う、無口でストイックな同じ野球部だった三年の先輩。
ポジションも学年も違うけど、
でも俺は、知ってる。
試合前、後輩のグラブを無言で直してくれるマメだらけの無骨な手。
打てずに落ち込んでる後輩に、缶ジュースを差し出す無愛想な優しさ。
「……サボリ?」
先輩の声は低く淡々としていて、でもどこか優しかった。
「ち、違いますって。リハビリ帰りです、ほんとに」
慌てて言い返したら、ほんの一瞬だけ、先輩の口元がかすかに緩んだ気がした。
この人の笑った顔なんて、たぶん俺しか見てないんじゃないか。
そう思ったら、胸の奥が少しだけ、熱くなる。
それが、きっかけだった。
部活にも出られず、焦ってばかりの毎日に、
ぽつんと灯る、あたたかい灯火みたいな存在――律先輩。
俺はまだ、知らなかった。
この夏、恋をするなんて。