あらすじ
主人公の松岡裕二は1948年(昭和23年)生まれの、人口最多の「団塊世代」のど真ん中。
彼の記憶は、1952年(昭和27年)の父の実家である浅草鳥越にある商家の一室から始まっている。
この年の日本は敗戦の疲弊した経済から脱するため、金融政策の第一歩として「国際通貨基金」と「世界銀行」に加盟することとなった。
また前々年から始まった「朝鮮戦争」勃発による戦時特需もあって、我が国は敗戦の苦境を脱する体力はまだないものの、好景気の兆しに俄かに希望と活気が溢れだし始めていた頃である。
その一室で妻に離婚を強制的に迫る父は、それを頑として拒む妻をその大きな素手で殴りかかっていた。妻は崩れて畳に倒れこむ。大男の父が再び襲いかかろうとしたとき、幼稚園児であった息子の裕二は、室内用の箒(ほうき)の長い柄を振りかざして、懸命に父を背後から叩いた。この幼子の意外な挙動に驚いたのか、男は妻への暴力を止めて部屋から出て行った。
まもなく裕二の両親は別居し、祐二は父親に強引に連れられて、台東区根岸に住んでいた愛人宅の小さな借家に移り住んだ。
父の庄作はそこで愛人と婚約を結び、息子の祐二は、実質的に継母となった若い女性に育てられることになった。その時には、すでに愛人の腹には赤子を宿していた。
但し、父と愛人との「婚約」や「結婚」は法的に正式のものではなく、実態として夫婦生活を送っていたものの、裕二の実母とは離婚が成立していないため、法律的かつ戸籍法上では夫婦にはなっていなかった。
こうした事実を裕二が知るのは、交通事故で瀕死の重傷を負った後の20歳の頃の事になる。
この背景には、裕二の実母が父との離婚を拒み続けて、離婚が成立していなかった事実があった。まさに実母と継母との女のバトルが数年以上も続けられていたのだ。
父の庄作は祖父から暖簾分けとして開業資金をもらい、深川清澄町に新居を兼ねた装身具店を開業する。その直後の1955年(昭和30年)4月、祐二は深川の白河小学校に入学する。
その後に、この地で継母の順子は女の子を産んだ。
それを契機にして、祐二は両親からのけものにされ始める。
そして祐二は、小学校を6度も転校することになる。
当然、その度に引っ越しをしていたから、松岡一家は、まさに絵に描いたような「引っ越し貧乏」を地で行く、流転の窮乏生活を繰り返すことになってゆく。