あらすじ
高校生の美波は、ある日すべての個人的な記憶を失って目を覚ます。家族や友人との関係、自身の過去すべてを忘れたが、言葉や常識といった知識だけは残っていた。不安の中、雨が降り続ける街を歩き出した彼女は、なぜか懐かしさを感じさせる図書館で『時間航路論』という本に惹かれる。そこには、「並行世界」や「記憶の時空間移動」など、現実離れした理論が綴られていた。
やがて現れたのは拓海という青年。彼は、美波がかつての恋人であり、別の世界から来たと語っていたという。美波は、自らの意思でその「この世界」に残るため、危険な記憶統合の手術を受けていたが、失敗し、すべてを失ったのだった。だが拓海は、そんな今の彼女とも再び絆を結びなおそうと寄り添い、新しい思い出を一緒に作り始める。
徐々に美波は過去よりも「今」を大切に思うようになり、記憶を取り戻す機会があってもそれを拒む。やがて心の雨は晴れ、二人は手を取り合って未来へ進む決意をする。時折ペンダントが並行世界の記憶を映し出しても、それはもはや追い求めるべきものではなかった。
数年後、美波は拓海と家庭を築き、穏やかな日々を送っていた。記憶を失ったことは不幸ではなく、新しい人生を選ぶ始まりだったと気づく。過去にすがらず、共に歩む今こそがかけがえのない「時間航路」なのだと、美波は笑顔で雨の音に耳を澄ませた。