あらすじ
「彼氏を旦那に育てるコツ?」
「ですです。この前、彼氏にプロポーズされたんですけど、なんかほら、男からしたら結婚はゴールで、捕まえた魚に餌やらない男が多い的なの、誰かの投稿で呼んじゃってー。そうだそうだー!って、コメント欄すごく盛り上がってたんですよねー」
久々に会った後輩は、出会った頃と同じようにストローを使ってジンジャーエールを泡立てながら、幸せなんだか不幸せなんだか、よく分からない表情をしている。テラス席、陽射しに飾られた彼女に憂いを感じたのは、秋のせいなのかもしれない。私は左手薬指を縛る銀色の首輪を隠すように指先で撫でながら、ホットレモネードの香りを嗅いで思考をごまかす。このカフェのレモネードは自家製で、ハチミツとレモン、ジンジャーにクローブ。チャイミルクティーを思わせるような、ちょっとキツめのスパイスレモネード。しかも熱々。おかげで飲む前から、立ち昇る湯気が既に美味しい。
「どこまで行っても手が届かない感じの距離感、かしら」
言葉が漏れ出す。自分でそれを耳にして、ちょっと驚く。今喋ったのは誰かしら。後輩は意味不明という感じで首を傾げている。
「さっき自分で言ってたじゃない。結婚はゴールで、結婚したら餌がもらえなくなる、って」
「言いましたけど」
「永遠にゴールさせなければいいのよ」
「え?いや、そんなのたとえじゃないですか」
「いつでも手が届く所にあると安心しちゃうじゃない?だから、ギリギリ手が届かない所、ちょっとだけ無理して手を伸ばしたり、わざわざ立たないといけないような所にいてあげればいいの」
「抽象的すぎですー」
「私もよく分かってないのよね」
レモネードのカップはまだ熱々。結局は冷めないのが大事なのは分かっているけれど、現実はあっという間に心の熱を奪っていってしまう。恋してるときは夢を見て熱くなれるのに、結婚となると、急に手続きが増えて、段取りに押し潰されて、現実が私たちを冷ましてしまう。冷えて、歪に固まって、思うように動けなくなってしまう。