あらすじ
陳橋の変により、柴風の父:柴宗訓(当時7歳)は後周第三代皇帝の座を北宋の創始者:趙匡胤に奪われる。柴宗訓は譲位して、鄭王の地位を趙匡胤から与えられるが、21歳の若さで病死する。柴風は父:柴宗訓の死後、8ヶ月経ってから生まれた。母親の身分が低く、柴風の存在はしばらく世間には知られなかった。しかし、趙匡胤の弟:太宗が北宋の二代皇帝に即位してからはそうは行かなかった。彼は兄の子どもを次々と暗殺し、自分の子供を皇太子に付けた。王位を狙う可能性のある者を北宋の各地から探し出し始め、ついに追及の手が、6歳の柴風と母:李蘭の住む淮安にまで伸びたのである。李蘭は柴風を連れて、揚州に逃げ、そこで商人として生きる道を選択した。