あらすじ
江戸から明治、町の片隅にある雑貨商「三枡屋」の店主・景司は、商才に恵まれた人間ではなかった。だが誠実で、奉公人を家族のように扱い、困った時には金を持たせ、時に旅費まで出してやるような男だった。奉公に来たばかりの少女には番頭をつけて送り迎えをさせ、病気の家族を抱える者には薬と見舞金を惜しまなかった。だがその優しさはしばしば商いの損となり、景司は騙されたり、勘定で損をしたりもした。
それでも三枡屋を辞める者はなかった。奉公人たちは恩義を感じ、やがてそれぞれがのれんを持って独立しても、陰に日向に景司を支え続けた。歳月が過ぎたある夏の夕暮れ、恩義を受けた元奉公人たちが一人、また一人と店に集まり、景司の誠実な商いを讃えた。
「わしの灯は消えるかもしれん。けんど、その灯を誰かが継いでくれりゃ、それでええんじゃ」――そう語る景司の姿に、人の情けと誇りがにじむ。のれんはただの商品を売るためではなく、人を育て、繋いでゆくためのものだったのだ。