あらすじ

三十歳の〈私〉は、戦禍で焼け落ちた父の酒蔵を処分するため梅雨の故郷へ戻る。駅で旧友の駅員・榊、町で幼なじみの蓉子と再会し、役場では父の酒造手帖を託される。手帖に記された「楡の樽を作れ」という走り書きは、廃墟と化した蔵を再生せよと告げる遺言だった。 途中、詩を売って生きる青年・友一に出会い、彼の孤高の言葉が敗戦直後の荒廃と響き合う。〈私〉は蓉子と東京で同棲し、翻訳稼ぎで糊口をしのぐが、友一は闇市で傷つき、やがて柳の下で首を括る。悲嘆と雨の夜、〈私〉は父の手帖と友一の詩を抱え、蔵を甦らせる決意を固める。 榊の協力で線路の枕木を運び込み、蓉子は稲藁を束ね、若木の楡をくり抜いて「風樽」を作る。友一の詩行を壁紙に貼り込み、雨が文字を滲ませるたび蔵は呼吸を深めた。最初の酒は未熟ながら、雨上がりの匂いを宿す。「影踏み」と名付けられたその酒は、互いの闇をそっと踏み合いながらも赦しを拒む〈私〉と蓉子、生と死のはざまで消えた友一を一滴に閉じ込める。 六月の雨は止んでは降り、風は再び蔵を通り抜ける。影踏みの足音こそが生の音楽――彼らは未完の赦しを抱えたまま、それでも新たな酒とともに生き延びていく。

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エブリスタ
エブリスタ2025/06/20
  • 現在の作品影踏み――或いは、六月の雨を数える試み