あらすじ
工場勤めを続けてきた無趣味な男・景司は、ある冬、突然の失職と心身の不調に見舞われる。ふと立ち寄った子どもの頃の憧れの蕎麦屋「松葉庵」で、店主が病により閉店を決意していることを知ると、自分の心に残っていた“香り”を思い出し、蕎麦屋を継ぐことを申し出る。大将のもとで修業を始めた景司は、やがて自分の店「景司庵」を開店し、不器用ながらも“人に食わせる蕎麦”の意味を体得していく。
店は少しずつ常連を得るが、景司の身体は蝕まれ始めていた。そこへ現れた高校生・奏太は、自分もまた“好きなことを仕事にしたい”と願い、弟子入りを志願する。やがて味と心が受け継がれ、景司は静かに幕を引く。湯気の向こうに、人生が見えた。それは「好きを仕事にした」者の、静かな生き様だった。