あらすじ
野口の町に暮らす独身中年・景司は、夜のベランダから列車や飛行機、高速道路を眺めては、そこに乗る無数の他人の人生を想像するようになる。夜汽車の車窓、高速道路の車列、空を飛ぶ飛行機—、そこに映る他人の灯りと沈黙を見つめるうち、景司は自らの人生が停車していたことに気づく。かつて夢見た文学や旅、親を看取った記憶、誰にも語らなかった孤独が、渋滞する日常の中にひそやかに息づいていた。そして、夜空に浮かぶ機体の灯を見上げながら、景司は思う。「俺もまた、行き先の見えない旅の途中なんや」と。未投函の手紙、折り返された便箋、車窓に映る自分の顔。それらを静かに受け入れることで、景司は“今この車窓”にようやく座り直す。人生の目的地はわからない。でも、まだ見える景色がある——それだけで、生きている意味になるのかもしれない。