あらすじ
営業歴二十六年、商社勤めの中堅社員・景司は、日々の仕事に疲れ果てながらも淡々と数字を追い、顔色を読み、帳票を整えていた。異動の季節が近づくたび、「次こそは」と期待しつつ、背後を通る人事担当者の気配にどきどきする、まるで子どもの頃の「ハンカチ落とし」のように。
そして、ついに異動が言い渡される。配属先は聞き慣れない「社内営業推進室」。静けさと整然さに包まれたその部署で、景司はモニター越しの会話やテンプレート化された業務に戸惑いながら、自分の働く意味を見失いかける。
だがある調整トラブルをきっかけに、景司は画面の向こうにいる誰かと向き合い、顔のある仕事、人の温度のある仕事を取り戻していく。異動によって場所は変わったが、働くという行為の奥行きはむしろ深まっていた。
春が巡り、若者に仕事を語る景司の言葉は、背筋の高さではなく、働く角度を伝えていた。異動の先に、人は再び自分の場所を見つける。その穏やかな歩みと、ささやかな確信の物語。