あらすじ
江戸の片隅、貧乏寺に育った孤児の景司は、自分が「僧」として生きる道に疑問を抱き、やがて修行の名目で寺を離れる。自由を求めて旅に出るが、世の厳しさに打ちのめされ、ばくちで身を滅ぼし、すべてを失う。放浪のさなか、幼き中国僧張と出会い、その「てきるよ(できるよ)」という肯定の言葉に一度は励まされるが、旅はやがてすれ違いと孤独へと傾いてゆく。
生の意味さえ見失った景司が、自死を決意し口にしたフグの刺身。その美しさと衝撃のうまさに、景司の心は揺れ動く。「このうまさをもう一度味わいたい。」、その欲望こそが、生き直しのはじまりだった。
料理屋で働きながら、景司は味を通じて人と繋がり、話すことで人の心に灯りをともしていく。「味の文」と呼ばれる覚え書きは町に広がり、遠国の人々やかつての縁に届き、景司の筆と言葉は人生の道しるべとなってゆく。
文が尽きても、味は残る。そしてその味は、誰かの明日を支える風になる。