あらすじ
景司は観光地の土産店で働いていた。店主は「観光地価格」で押し売ることを求めたが、景司は客を急かすことができなかった。声を張り上げず、値札を掲げず、ただ静かに品を整え、客に手渡すことを選んだ。
やがて景司は、値札のない棚を作る。そこには、地元の職人が手間をかけて作った品が並び、景司は客に「これは三日かかってます」とだけ伝える。売るのではなく、渡す商い。景司の棚は、観光地の喧騒の中で異質な存在となっていく。
数を求める大口注文を断り、見栄や流行に背を向けながら、景司は、値段より重いものを守り続ける。やがて独立し、駅裏の小さな店で、値札のない商いを始める。客は少ないが、戻ってくる人がいた。景司の棚には、信頼があった。
歳を重ねた景司は、棚を閉じる日、こう記す。「この棚は、わしの人生です。値札はありません。手間だけ、残しました」。誰にも騒がれず、誰にも見られず、ただ静かに生きた男の、値札のない人生の記録である。