あらすじ
ープロローグー
朝の通勤電車は、今日も例外なくぎゅうぎゅうだった。
吊革に掴まる隙間もない。押し合いへし合い、無言のまま押し込められた人間たちは、誰もがスマートフォンの画面に視線を落としている。
まるで、互いに存在しないかのように。
俺の名前は佐伯直樹、三十六歳。
地方都市に本社を構える中堅企業に勤める、ごく平凡なサラリーマンだ。
仕事はまあまあ楽しい。部署の人間関係にも特に不満はない。
だけど、この通勤電車だけは、何年経っても好きになれなかった。
だから俺は、ここに一つだけ"楽しみ"を見つけた。
── 人間観察 だ。
この時間帯の電車には、実にさまざまな人間が乗ってくる。
寝癖をそのまま放置している若い男。無理に高級ブランドを身にまとった女。汗と疲労をまとった中年。
俺は彼らを眺め、心の中で評価を下す。
──ただし、一日に一人だけ。
自分の中で決めた小さなルールだ。
仕事でイライラした日は、容赦なくマイナス評価を与える。
逆に、気分がいい日は、いいところを見つけてプラス評価をする。
他人に言うわけでもない。
ただ心の中で、ひっそりと点数をつけるだけ。
そんな小さな"遊び"が、俺にとっては通勤時間を乗り切るためのささやかな楽しみだった。
──少なくとも、ある時までは。