あらすじ
皇后キャリーは、愛するクリスとの逃亡を図るも、夫であるロバート皇帝に見つかり命を落とす。しかし、彼女の魂は消えることなく、数十年後の別の時代、遠く離れた小国の公爵令嬢「アリア」として転生する。キャリーとしての記憶を曖昧ながらも持ち続けるアリアは、穏やかながらもどこか満たされない日々を送っていた。
ある日、アリアの前に、かつてキャリーの人生を狂わせたロバート皇帝に瓜二つの青年が現れる。そして、アリアの失われた記憶を呼び覚ますように、クリスの面影を宿す騎士との出会いが訪れる。前世の因果に導かれるように、再び集まる三つの魂。アリアは前世の悲劇を繰り返すのか、それとも、失われた愛と運命を取り戻し、今度こそ幸せな未来を掴むことができるのか。瑠璃色の瞳に宿る、皇后キャリーの記憶が、新たな運命の扉を開く。
皇后キャリーの二度目の生
「準備はいい?」クリスが囁く。
キャリーは顔を上げ、決意に満ちた瞳で頷いた。「ええ。いつだって準備はできているわ」
その時、扉が勢いよく開いた。現れたのは、ロバート皇帝。彼の顔は怒りで歪み、その手には煌めく短剣が握られていた。
「キャリー! やはり、裏切ったな!」ロバートの声が夜の闇に響き渡る。
クリスが瞬時にキャリーを庇うように前に出る。「ロバート! 彼女を自由にしろ!」
「黙れ、下衆が!」ロバートの怒りは頂点に達していた。彼は迷うことなく短剣を振り上げた。クリスはキャリーを守るため、咄嗟に彼女を押しやった。その刹那、冷たい刃がキャリーの胸を貫いた。
「いやっ…クリス!」キャリーの悲鳴が夜の闇に吸い込まれていく。身体から力が抜け、意識が薄れていく中で、キャリーの脳裏を過ったのは、クリスと過ごした甘い日々、そして、愛のない結婚に縛られた絶望だった。
(これで…やっと、終わる…)
冷たい床に倒れ込みながら、キャリーの瞳は虚空を見つめていた。薄れていく視界の隅に、悲痛な表情で彼女の名を叫ぶクリスの姿が見えた。
「キャリーーーッ!」
その声が、彼女が最後に聞いた音だった。
次にキャリーが意識を取り戻した時、全身を包むのは柔らかな温かさだった。重苦しかった胸は軽く、身体は羽根のように軽やかだった。ゆっくりと目を開けると、そこは豪華絢爛な天蓋付きベッドの上だった。見たこともない美しい絹のカーテンが揺れ、窓からは穏やかな陽光が差し込んでいる。
(私は…どこに…?)
混乱したまま、傍らに置かれた銀の盆に目をやった。そこには、見たことのない装飾が施された手鏡が置かれている。恐る恐るそれを手に取ると、そこに映っていたのは、見知らぬ少女の顔だった。自分のものではない、若く、清らかな顔。大きな瞳は、どこまでも澄んだ瑠璃色をしている。
「アリア様、お目覚めですか?」
優しい声に振り向くと、見慣れない侍女が心配そうに立っていた。彼女の顔にも見覚えがない。
「アリア…?」キャリーは思わず呟いた。自分の声ではない。幼く、少し戸惑った響きがあった。
侍女はにこやかに頷いた。「はい、アリア様。よくお眠りになられていましたわ。今朝は、公爵様がいらっしゃるので、早くお着替えをなさいませんと」
(公爵? 私はいったい、誰なの…?)
混乱は深まるばかりだった。しかし、頭の奥底で、何かが確かに蘇ろうとしているのを感じた。それは、まるで霧がかかったように曖昧だが、確かに「キャリー」という響き、そして、胸を締め付けるような悲しみと愛の記憶だった。
「私は…キャリー…?」
侍女は首を傾げた。「アリア様、どうかされましたか? キャリー様などという方は、いらっしゃいませんが…」
目の前の現実と、頭の中の記憶が全く繋がらない。しかし、その時、アリア…いや、キャリーの瑠璃色の瞳の奥で、確かに何かが目覚めた。それは、二度目の生。そして、忘れ去られたはずの、最初の人生の記憶の片鱗だった。