あらすじ
絵師は生成AIを拒絶するのに小説家は使う、その理由は言語と絵そのものの起源にあるのでは?という話です。
絵師の女の子と言語学をやってる大学生の女の子、二人の視点で交互に進行するストーリーです。
話数が多くて面倒に見えますが短編です。
サラ・コナーとは映画ターミネーターの登場人物ですが、このタイトルは、いわゆる〝反AI〟という言葉が強すぎるので、その言葉の代わりとして使っていて、その映画の話がメインではないです。AIに対して警戒心を持っているが、周囲からは理解されていない人、みたいな意味です。
創元SFに応募時のあらすじ(長いです)
言語学を専攻する大学生の憂葉と、ネット上で〝絵師〟として活動する迷花、二人の女性の視点が交互に語られる。メインのストーリーラインは憂葉の視点で進行するが、迷花は絵師という仕事の独特なあり方を、その内部視点で語る。
憂葉と迷花は高校のころは同人誌を作る友人だったが、大学からは別々の道を進んだ。数年後、迷花が憂葉のいる大学を訪れるが、そのきっかけは迷花がLoRA(画像生成AIによる特定の絵柄の集中学習による模倣)の被害にあったからだった。
二人は大学の近くにある〈アンフィテアタ〉という名の施設を訪れることにする。古代の円形闘技場の名を冠したそれは、生成AIから人間のアートを守る、アーティストの聖域と称していた。
憂葉の大学の先輩は、その施設はSF映画の登場人物サラ・コナーのように、反乱する機械による侵略という被害妄想に取り憑かれた人たちの集う場所でしかないと告げる。それでも憂葉は言語学の研究テーマとして、チョムスキーの生成文法のような法則を絵画にも見つけたいという目的のために施設に行くことを研究室に報告する。
憂葉は実際には、学術的興味よりも、小説界隈と絵師界隈の生成AIに対する温度差に対する苦悩を抱えていた。小説家がAIを受け入れ、絵師が拒絶するのは、言語と絵画の違いそのものに原因があるのではないかと憂葉は考える。
アンフィテアタを訪れた二人は、シノエという女性アーティストが作ったインスタレーションに案内される。生成AIを禁じた施設であるにもかかわらず、その展示が生成AIを使っていることに二人は警戒するが、結局その洞窟の形をした作品内に入ることにする。それは古代の洞窟壁画を模しており、絵と文字の起源が同じであることを示すものだった。憂葉が壁に書いた線描が象形文字を経て文字となり、架空の言語体系を捏造する様子が表示された。それは言語が記号化の方向に進んだことを示していた。一方で迷花の描いた絵はその記号化の流れに組み込まれることはなく、アートの体系の樹形図の中に収まった。
作者であるシノエは説明した。記号は複製と共有のためにあるが、絵は逆に複雑化していく。画家たちは複製と共有を拒むために技術を磨いた。それは記号化に対する抵抗であり、その手段が言語からAIに変わっただけで、絵描きはその起源からそれに抵抗してきた、と。憂葉の疑問に一応答えは示されたが、それは彼女と迷花が、つまり言語と絵が、逆方向に進み続け、相容れないことを意味した。憂葉は翻訳という行為にその隔たりを乗り越える可能性を見る。
迷花はこの旅の間も描き続けていて、一つの絵を完成させようとしていた。迷花は憂葉による言語化は、自分を絵以外の世界につなぎとめてくれるものだと肯定する。
迷花は自分の抵抗は、描き続けること、選択する自由があることを刻みつけることだと考える。