あらすじ
「あたしにとっては良い迷惑」と言う。
「でもあたしの意志で結婚したの。あたしが選んだのよ」と語る彼女の隣で夫の月彦は人好きのする笑顔を浮かべていた。
化粧品ブランドKUKIの専属モデルを務める九鬼 椿(くき つばき)は、怜悧な美貌から「氷の椿姫」と呼ばれている。太陽撲滅をキャッチコピーにした日焼け止めを始めとした椿がモデルを務める化粧品は大ヒットし、傾いた事業をひとりで支えていた。
椿は狗居 月彦(いぬい つきひこ)と結婚した。政略結婚ではない。
魔女様が世界平和をご所望だからだ。
日本が海外に開かれた頃、海の向こうから闇に紛れて多くの異形が入り込んだ。混乱を極めた様子を見かねた魔女様が異形たちを取りまとめた。魔女様の言うことは絶対で、「魔女様の薬」があれば異形たちは他の人間と変わらなくなった。ただ、人に紛れて暮らしながらも見張られ過ごす一族がいる。
先祖返りと呼ばれる異形の特徴を色濃く継いだ子どもが生まれれば油断なく見張った。特に吸血鬼と人狼は天敵同士でもあり、過去何度も衝突した経緯があることから監視の目は厳しい。
九鬼家は先祖に吸血鬼を持つ。一族の中で婚姻を繰り返したせいで血が濃いのか短命の者が多い。人の血を求める衝動を抑えるために「魔女様の薬」は欠かせず、特製トマトジュースと呼ぶ人工血液を摂ることで人として在ることができている。
人工血液を作っているのが狗居家であり、かつて九鬼家に仕えていた歴史を持つ。人口血液の製造技術を持って九鬼家を裏切り、両者は決別した。
狗居家も「魔女様の薬」を再現できず、また異形の一族でもある。人狼を先祖に持つ狗居家に生まれた月彦もまた、先祖返りだ。動物たちの声が聞こえるだけの月彦はその異能を活かし、獣医師として駆け出したばかりである。
吸血鬼は新月の夜に、人狼は満月の夜に力を強める。反対に吸血鬼は満月の夜に、人狼は新月の夜に力が最も弱まる。同時期に先祖返りが現れることはなかったのに、同年代に先祖返りが両家にいる。天敵同士の両者が何度目とも知れぬ衝突を繰り返すのは予想ができた。そうなれば今度は無事では済むまいと案じた魔女様が両家に条件を出す。
世界平和のために両家で婚姻を結ぼうと。それに選ばれたのが、椿である。