あらすじ
夏休みが始まったばかりの7月。静けさを好む高校1年生の新海 蓮は、図書室で一人の少女と出会う。窓際の席で白いイヤホンをしながら空を見上げていたその少女、高月 葵は、蓮と同じ学年でありながら、これまで接点のなかった存在だった。
偶然のような出会いの中で交わされた言葉が、二人の距離を少しだけ近づける。葵はどこか心を閉ざし、強がりながらも疲れた目をしていた。一方、蓮もまた過去に兄を亡くすという深い悲しみを抱えていた。そんな彼らが、図書室という静かな空間で心を通わせ始める。
夏の放課後、誰も来ない裏庭の桜の木の下で、蓮と葵はひそかに会うようになる。葵は家庭に居場所がなく、母親との関係に苦しんでいた。「帰りたくない」という葵の呟きに、蓮はただそばに座り続けることしかできなかったが、それが彼女にとっての救いになっていった。
ある日、蓮は葵を夏祭りに誘う。人混みが苦手な葵だったが、浴衣を着て現れた彼女は少しだけ笑顔を見せる。夜空に打ち上がる花火の下で見せた彼女の笑顔は、蓮の心に深く刻まれる。「こんな日が続けばいいのに」と葵がこぼしたその言葉には、ほんのわずかな希望と、消えかけた心の灯りが宿っていた。
しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。
8月に入り、葵は突然学校に来なくなる。連絡先も知らない蓮は、彼女の行方を探す術がなかった。不安な日々を過ごす中、ようやくかかってきた電話の声は、かすかに震えていた。「少しだけ逃げたかっただけ」と葵は言うが、蓮にはその言葉の裏にある痛みが手に取るようにわかった。
葵が最後に電話してきたのは、8月の終わりの夜。誰もいない川辺で空を見上げながら、彼女は「星がきれいだよ」と穏やかに語る。だがその声はどこか遠く、別れを予感させるような儚さがあった。
「君の優しさに出会えただけで、私の人生、少しだけ意味があった気がする」
葵の言葉は、蓮の胸を締めつける。「君は誰かの光になれる」と必死に伝える蓮だったが、通話は突然切れ、二人の声は繋がらなくなってしまう。
葵は本当に「いなくなって」しまったのか、それとも――
その結末はまだ語られない。けれど、蓮の心には確かに、葵という一つの光が灯っていた。あの夏の日々は、たとえ戻らなくても、永遠に消えることのない記憶となって、彼の中に生き続ける。