あらすじ
時は、明治とも大正ともつかぬ、華やかさと妖しさが混在する時代。
元華族令嬢の**花柳巴(はなやぎ ともえ)**は、父の死と事業の失敗により莫大な借金を背負い、明日をも知れぬ絶望の淵に立たされていた。唯一の心の支えは、幼い頃から磨き上げた裁縫の腕のみ。
そんな彼女の前に、まるで黄昏時の霧から現れたかのように、謎めいた青年・**時雨(しぐれ)**が姿を現す。彼は、人間とあやかしが交わる「黄昏町(たそがれまち)」で、あやかし専門の高級呉服店「雨月堂(うげつどう)」を営む、人ならざる者だった。
時雨は巴の類稀なる裁縫の才能と、彼女自身も知らぬ「清浄な魂」の力を見抜き、破格の条件を提示する。
「あなたの借金を全て肩代わりしましょう。その代わり――我が雨月堂の専属仕立て屋となり、そして、私と形だけの『祝言』を挙げていただきたい」
他に術もなく、巴はその奇妙な取引を受け入れる。
「雨月堂」での日々は、驚きの連続だった。客として訪れるのは、鬼の姫君、天狗の若頭、雪女の歌姫といった、美しくも恐ろしい「あやかし」たち。彼らの無理難題に応え、巴は仕立て屋として目覚ましい成長を遂げていく。そして、冷徹に見えた時雨の不器用な優しさや、彼が抱える深い孤独に触れるうち、偽りだったはずの関係に、確かな想いが芽生え始める。
しかし、時雨が「人間の花嫁」を必要とした背景には、あやかしの世界の均衡を揺るがす重大な危機と、彼自身が背負う数百年越しの宿命が隠されていた。巴の持つ「清浄な魂」と、彼女が生み出す「言祝(ことほ)ぎの白無垢」こそが、その運命を左右する唯一の鍵だというのだ。
やがて、二人のささやかな絆を試すように、時雨の宿敵や、巴の魂を狙う強力なあやかしが次々と現れる。巴は、知らず識らずのうちに開花していた「物に魂を込める」という自身の特殊な力と、仕立て屋としての誇りを胸に、時雨と共にその運命に立ち向かうことを決意する。
果たして、巴の一針は、愛する人と黄昏世界の未来を救うことができるのか。
そして、偽りの婚礼から始まった二人の恋は、真実の絆として結ばれるのだろうか――。