あらすじ
東京砂漠 ~40℃の街で~
蝉の声さえ 途絶えた午後三時
アスファルトが 空を焦がし
影さえ逃げた 都市の谷間で
私は まだ 息をしている
喉の奥で溶けた氷の味
乾いた風が 運ぶのは
腐りかけたケーキの甘いにおい
遠い日の誕生日が
歪んで舌に戻ってくる
扇風機の風は もう生ぬるく
それでも わたしは
うちわで記憶をあおぎ続ける
風鈴は鳴らない
けれど
耳の奥には
妻の笑い声が 錆びたラジオのように
ふいに流れてくる
畳の匂い
濡らしたタオルの感触
どれも
まだ 生きている証に思えて
ミントの葉を摘んで
水に浮かべる
たったそれだけで
人は ひと時
涼しさに 身をゆだねられると
知っていた
ベランダで枯れたゴーヤの種を
少年のポケットに忍ばせた
命は
水より やさしく
静かに 手渡されていくものだから
東京は
もはや街ではなく
ひび割れた器に
人の祈りがしみ込んだ 砂漠だった
けれど
40℃の夕立が
私たちの肩を濡らしたとき
私は確かに思った
「生きてたね」
「うん、生きてた」と
再び 蝉が鳴いた
それは
この街の再生を告げる合図だった