あらすじ
お金のない71歳独居老人は、「西瓜が食べたいねー。金曜日にお金が入ったら買おうね」と独り言ちている。
「西瓜が食べたいねー」
西瓜が食べたいねー、
と、
誰にでもなく言ってみた。
畳の上のひとりきり、
扇風機の風が、ちっとも涼しくなくて。
冷蔵庫は、からっぽの音を立て、
コップの水も、ぬるくなった。
あの赤い実をかじった夏は、
母がいて、弟がいて、
笑い声が、どこまでも広がっていた。
手にくっついた汁を、犬がなめて、
おおげさに笑った父の顔を思い出す。
いまは、
時間だけが静かにしみこんで、
新聞の隅に、金曜の日付を探してる。
「金曜日になったら、お金が入るからね」
そう言って、茶碗を洗う。
もう、ひとつも汚れてないのに。
西瓜が食べたいねー。
それだけが、今日の灯り。
赤くて、冷たくて、シャクッと音がする夢。
誰も聞いていなくても、
声に出すだけで、ちょっとだけ、
生きてる感じがするんだ。
——金曜よ、来い。
——西瓜よ、甘くあれ。
——夏よ、まだ、ここにいて。