あらすじ
ぼくは、あるベンチに誰かが“いたような気がする”ことを、今もはっきりと覚えている。けれどそれが昨日だったのか、三年前の冬だったのか、そもそも“誰か”など存在していたのか、それすら曖昧なのだ。ベンチに残された空気のざらつき、影のかたち、風に舞うスカーフの残像。それらだけが、確かにぼくの記憶の内側にへばりついている。
いたのか、いなかったのか。それを判別しようとするたびに、言葉が崩れる。風が吹くたびに、“いた気配”だけがふっと立ち上がっては消える。世界はまるで、在と不在の境界を弄ぶようにして、ぼくを弄んでいる。
そしてある日、ぼくは音のない声に出会う。それは、駅前のベンチで風に揺れる気配として現れ、ぼくの背後から「在るものすべては、他のものによって在る」と告げた。その声には実体がなく、音もなかったが、確かに“聴いた”という感触だけが残った。