あらすじ
山奥の深い霧に包まれた場所に、ひっそりと佇む美術館がある。その名はなく、地図にも載っていない。ただ知る人ぞ知る形で、限られた招待客だけにその扉は開かれる。そこでは、かつて“幻の画家”と呼ばれた一人の日本人芸術家の遺作展が開かれているという。
ある日、芸術評論家の佐々木は一通の招待状を受け取る。「段差なき館へ、ようこそ。」不思議な一文が添えられたそれは、誰が差出人かも不明なまま。半信半疑のまま館を訪れた佐々木は、静謐で重厚な展示空間に圧倒される。絵画はすべて写実的でありながら、どこか現実離れしており、まるで“別の世界”を覗かせるような奇妙な感覚を呼び起こす。
だが、彼はすぐにある異常に気づく。展示室は明らかに複数階にまたがっているのに、階段もエレベーターも存在しない。にもかかわらず、自然に次の展示室へと導かれている──まるで空間そのものが人知れず変容しているかのように。
この“段差のない”構造は、単なる建築の妙ではなかった。やがて佐々木は、美術館の“底”へと導かれ、画家の正体、そして絵の裏に隠されたある恐るべき真実に触れることになる。
空間認識の常識が歪む不穏な世界を舞台に、「見えるもの」と「見えないもの」の境界を問うミステリーホラー。