あらすじ
電車は、まだ来ない。
旅人は、日本海を望む小さな駅の待合室で時間を持て余していた。
壁際の古びた本棚に、背表紙の擦れた一冊の詩集がある。
なにか特別な気がして、旅人はそれを手に取った。
ページを開いた瞬間、一枚の手紙がふわりとこぼれ落ちる。
和紙のような紙は黄ばみ、折り目は薄く裂けかけていた。
ところどころインクが掠れ、いくつもの言葉が黒く塗りつぶされている。
手紙は、どこか遠くへ旅立ってしまった愛する人へ宛てたものだった。
満州の風景を感じさせる遠回しな言葉。
珈琲の香り、夕暮れの街角、秋の風の記憶。
そして最後の一文——それは滲んで読めなかった。
旅人は静かに手紙を戻し、ふと詩集の頁をめくる。
そこには、一篇の詩が書かれていた。
「たとえ遠くても、君の影はこの頁にいる。」
旅人は、詩集をそっと本棚に戻す。
夜の海は暗く、波は静かだった。
遠くで、電車の音が微かに響いた——。