あらすじ
あまり知られていませんが、明治時代において、日本の学生は 当初は共学だったのです。
━━男女の区別をしっかりしないと西欧世界の軽蔑を買い、明治政府の悲願とする条約改正がうまく行かないのではないか?━━
そして、明治十二年(一八七九年)の九月の教育令で「凡学校ニ於テハ男女教場ヲ同クスルコトヲ得ス」とされました。
ただし、明治十二年以前に入学した女子生徒たちは同じ学校に居残ることは許されていたわけです。
明治十二年の普通高等教育の旧制中学(開始時の年齢は十二才から十七才)における女子の割合は全国平均で六人に一人だったというデータがあります。
都市部においてぱ、もっと旧制中学の女子の割合は多かったことでしょう。