あらすじ
樺太に生まれ、樺太に育ち、そして樺太に骨を埋めるつもりでいた私にとって“樺太”という言葉は異様な程の懐かしさをもって響いてくる。
四十五万島民が堂々として開拓に努め、その一木一草にも、祖父の汗が染み込んでいるように思われて懐かしい。この島が今は自由に往き来することの出来ない、遠い異国の島として眺めなければならない。故郷を失ったこの悲しく寂しい心境は、故郷を失った者でなければ理解できないものと思う。
樺太がソ連の一方的な侵略によって占領されて以来、三十年の月日がたった。年月と共にその当時の記憶も薄れ、樺太についての記憶も風化されようとしている。然し歴史の流れの中に埋没された、北方の楽土建設のために努力した、樺太島民四十五万万人の人々の生活のあったことは、忘れ去られてはならない事だと思う。太平洋戦争の終戦前後は、その時代に生きた日本人の誰もが、それぞれ戦争による、又敗戦による苦痛を味わい、多くの苦労、困難を克服して生きてきたのである。
あれから三十年、高度の経済成長による、神武景気、或いは昭和元禄と言われる好況時代をすごし、あの敗戦当時の”苦難を克服して生きようとする意欲”を忘れ、贅沢に流れる怠慢、無気力の傾向も見える。
この記録は私自身の貧しい生活記録に過ぎないが、忘れ去られようとする樺太の歴史と生活の一端を記し、終戦前後の状況をふり返り、私自身の今後の戒めにもしたいと思って筆をとったのである。
中居榮藏
昭和五十一年八月 自費出版
令和5年6月 孫 関口むつみ にてデータ化を開始。