あらすじ
もうひとつ奇妙なのは、この若い男の額に、CAINと焼き鏝で刻印が押されていたことだった。
殺人の噂を聞いて、脇坂の両親が届け出たので若い男の身元が割れた。
家人には友達と会うと言って家を出たそうだが、携帯が部屋に残されていなかったので、通話履歴を確認することはできなかった。
公園一帯をさらに探すと、やはり公衆便所の裏で、CAINと凸文字で彫られた焼き鏝とライターも見つかった。
射殺犯は、ライターで熱した焼き鏝を生きている脇坂の額に押しつけてCAINの焼き印を付けてから、殺したようだ。
【あこがれの女教師は娼婦(最終章)から】
他者を単なる道具としてしか見ず、同胞を平気で殺すあなたは、もはやひとではありません。
・・・真っ暗闇の地獄の底で汚泥にまみれてはいずり回る、得体のしれない虫けら以下の生き物です。
“The third (clue) is symbolical. The manner of my death marking me on the forehead. The brand of Cain.”
Agatha Christieの小説の最終章で、犯人は、じぶんはカインの末裔の罪ある人間だと告白し、他殺を装って拳銃自殺をしました。
じぶんが構想した孤島の10人のインディアンの少年に見立てた殺人の完全無欠な完結のために・・・。
何といういう傲岸不遜でしょう!
【あこがれの女教師は娼婦(その49)から】
そもそも、4年前の美祢子先生の事件からはじまった連続殺人事件での警察の動きが、まったく伝わって来ないのは不気味です。
警察が森本くんに目をつけていたとしたら、彼は交換留学生に便乗してカリフォルニアの高校に転校し、そのままアメリカの大学に入り、うまく捜査から逃れおおせたのです。
それが、川崎くんに会うためとはいえ、わざわざ日本にもどったうえ殺人まで犯すものでしょうか?
【あこがれの女教師は娼婦(その48)から】
・・・部屋に入ったら、最悪のことが起こっていました。
【あこがれの女教師は娼婦(その47)から】
・・・私は、これを犯人の驕りと見ました。
知性にすぐれた犯人は、模倣犯が大勢いると見せかけて、森本くんを犯人と見立てて証拠を集めているであろう警察に、『さあ、無能な警察ども、俺を捕まえてみろ』と挑発したのです。
【あこがれの女教師は娼婦(その46)から】
これは、オセロゲームのようなものです。
黒石をひとつ置いただけで、6つの疑惑が黒(有罪)に替わるのです。
警察官でも検事でもない私は、あなたが楽しんだゲームのからくりを、ただ想像して暴くだけのことです。
【あこがれの女教師は娼婦(その45)から】
「森本氏は美祢子先生の殺人を強く否定しました」
可不可が目に力を込めて言った。
「あの場で、『はい私が殺しました』と認める馬鹿もいないとは思うけど、否定の仕方はただごとではなかったね」
「『脇坂氏にそそのかされた』とおっしゃっていたようですね」
「脇坂もなかなかの曲者だから・・・森本をけしかけて、娼婦の先生を買わせたかもしれない」
「では、森本氏ご本人が否定したように、彼は美祢子先生を殺していなかったと仮定したらどうでしょう」
【あこがれの女教師は娼婦(その44)から】
『森本の自殺には驚いたが、つい昨日、カリフォルニアの連続射殺魔がロス郊外のモーテルでおとり捜査によって逮捕された』と返事があった。
『35歳の白人の男は、犯行に使われたサイレンサー付きの拳銃を所持していて、過去に売春婦に性病をうつされたオブセッションにとらわれて、殺人を重ねたと自白した』とも書いていた。
・・・森本は、カリフォルニアの連続射殺魔ではなかった。
【あこがれの女教師は娼婦(その43)から】
『日曜日の午後にD坂のレンタルルームで、長身に黒いトレンチコートに大きなサングラスに黒マスクの男が、呼び寄せたデリヘルの女を射殺して姿を消した。女の下半身はいたずらされていた』
と報じている記事に、森本の犯行では?と直感した。
他の犯罪ネットを追うと、レンタルルームの受付の女は拳銃の発射音は聞いていないと証言していた。
おそらくこの拳銃はサイレンサー付きだろう。
「いたずら」の詳細は書いてなかったが、だいたいの予想はついた。
脇坂が見失ったあと、森本はD坂のレンタルルームに呼んだデリヘルの女を射殺してから成田へ向かったのだろうか?
【あこがれの女教師は娼婦(その42)から】
「たしかに、溺死していたら拳銃自殺などできないね。ではどうして便器を抱えて自殺したのだろう?」
「宗教の儀式のことは分かりません。考えられるのは、まず便器に水を張ってそこに顔を沈めて自殺しようとしたのでしょう。・・・ところが、うまくいかなかった。そもそも、この方法で自殺は不可能と思います。それで、拳銃自殺に切り替えたのではないでしょうか」
「たしかに便器に貯めた水で自殺するのはむずかしいね。でも、死因を知らないと、断定はできないと思う。警察の発表を待つしかないね・・・」
「はい。自殺とすれば、たしかにそうです。ですが、他の人が殺したとしたらどうでしょう」
「ああ、他殺ね」
「そうとも言います」
【あこがれの女教師は娼婦(その41)から】
どうもそれは、スフィンクスのように座り、目をブルーに輝かせるアンドロイド犬が呼びかけているようにしか思えなかった。
「ああ、君か、君が話しかけたのか?」
そう話しかけると、
「はい、そうです」
アンドロイド犬がうなずいた。
口元は微かに笑っているようにも見えた。
「君は、ロボット犬のように見えて、ロボットでも犬でもないようだ」
「そう言っていただけるとうれしいです」
「父が君を作ったのか?」
「はい、そのようです」
【あこがれの女教師は娼婦(その40)から】
『居なかったことにしてくれ』と頼まれたので警察には話さなかったが、自殺のいきさつを知っている脇坂はかっての盟友の森本を見捨てて逃げた。
勝手に唯一の友人でライバルと思っていた脇坂とは、これで終わった。
エリカの両親のクリニックの駐車場に車を入れると、すかさず母親が玄関から飛び出して来た。
エリカが無事にニューヨークに出発したあと、見送りに来た森本がホテルの部屋で自殺したとのみ伝えた。
【あこがれの女教師は娼婦(その39)から】
『警察には何も言うな』
つい先ほど、携帯でそう言った脇坂は、何を見たのだろう?
何かを見たから消えたにちがいない・・・。
自殺する森本を幇助した?
そもそも、反省や懺悔に縁のない森本が自殺をするなど、考えも及ばなかった。
窓から下を見下ろすと、赤い非常灯を回したパトカーが何台も列を連ねてやってくるのが見えた。
大勢の警官が、間もなくこの部屋に押しかけて来るはずだ・・・。
【あこがれの女教師は娼婦(その38)から】
脇坂のスタンガンでソファーに倒れた森本の巨体を思い浮かべたが、ソファーには影も形もなかった。
開けっ放しのコネクティングルームを見回していると、
「ああ、おられました」
バスルームからマネージャーの声がした。
洗面所の右手のトイレを指差し、
「森本さま」
と呼びかけてマネージャーが扉を叩いたが応答がない。
微かに水の流れる音がして、ドアの下の隙間から水が滲み出ていた。
ノブを引いたが、内鍵がかかっているのか、いっかな開かない。
【あこがれの女教師は娼婦(その37)から】
「でも、森本くん、真顔で美祢子先生も誰も殺してないと言ったわね」
「ああ、ホテルにもどったら脇坂とふたりで森本の言い分を聞いてみる。その答えをメールで送るよ」
ふたりはうなずいて見つめ合い、
「では」
「では」
と同じことばを口にして、別れた。
搭乗口に消える時、エリカは振り向き、にっこりと笑った。
【あこがれの女教師は娼婦(その36)から】
「こんな監禁じみたことをしておいて、プロポーズとはね・・・」
脇坂が呆れた声でいった。
「人殺しにプロポーズされて誰がOKなどするものですか」
戸口立ったエリカの声は怒りに震えていた。
「人殺しだって。・・・俺が人殺しだって?」
森本が、オランウータンのように両手を振り回して喚いた。
「美祢子先生をD坂で殺したでしょう」
腕組みしたエリカが昂然と言い放った。
「俺はやってない!」
大きな両手をエリカの前に突き出した森本は、泣かんばかりに訴えた。
【あこがれの女教師は娼婦(その35)から】
「嘘だ。さっき彼女にプロポーズしたら、『好きな男がいるので』と断られた」
これは驚くべき行動だった。
「・・・それは彼女の嘘だ。断る方便だ」
「いや、彼女の思い人は東條だ。まちがいない」
この男は頭が狂っているとしか思えなかった。
「彼女が、君のプロポーズを断ったとしたら、それでこの話は終わった。俺には関係ない。さあ、彼女を返してくれ・・・」
「まるで駄々っ子だな」
背後から脇坂が嘲笑うように言った。
【あこがれの女教師は娼婦(その34)から】
携帯を耳に当てると、
「東條か?」
とくぐもった男の声がした。
「ああ」
と呻くように答えると、
「川崎さんは電話には出られない」
と男は言った。
その低い声にはどこか聞き覚えがあった。
「森本か?」
しばらく答えはなかったが、
「少し話がしたい」
と切迫した男の声が聞こえた。
【あこがれの女教師は娼婦(その33)から】
「今夜8時にD坂のホテル街で娼婦が殺される訳ね。私の身代わりに・・・」
エリカは悲しそうな顔で窓の外を見やった。
暮れなずむ藍色の空から銀色の雨滴が飛んで来た。
やがて、空一面が真っ暗になり、雨滴はたちまちフロントグラスを覆い、激しい雨と風が車を揺すった。
あわててワイパーのスイッチを探したがなかなか見つからない。
一般道へ降りる集金所の前で車列が止まり、1ミリも動かなくなった。
電光掲示板には、成田空港手前で事故のため渋滞10キロと表示されていた。
進むことも退くこともままならなかった。
そこへ脇坂から、
「森本を見失った」
と電話があった。
【あこがれの女教師は娼婦(その32)から】
日が暮れて家に帰ると、封書が届いていた。
「8ヒ20ジDサカ」
4年前と同じ白い封筒に定規とボールペンで宛名が書かれ、同じレポート用紙を切り取った紙片に同じように金釘のような文字が躍っていた。
【あこがれの女教師は娼婦(その31)から】
「では、どうして森本は川崎くんに異常なまでに執着する?美祢子先生が殺されてからすでに4年も経っている。川崎くんは、D坂で森本を目撃したことを警察に話していないし、これからも話す気遣いはない。なら、放っておいても森本に害はない」
「ああ、そのことね。殺人者は、目撃者に異常なまでの恐怖心をいだく」
「それを言えばこの俺だってD坂では目撃者だ。君だって新宿公園で目撃者だった。どうして川崎くんだけを・・・」
「それは川崎さんが見目麗しい女性だからだ。今では、森本のリビドーが目撃者の川崎さんに向かっている。娼婦殺しは、川崎さんへのメッセージだろう」
【あこがれの女教師は娼婦(30)から】
駅前のイタリアンレストランの広いテーブルで、脇坂はひとり煙草を吸っていた。
「デザートが出る前に、森本が皆を引き連れて二次会に行ってしまった。レストランに失礼だよね」
憤懣やるかたない脇坂は、ウエイターを呼んでエスプレッソをオーダーした。
今夜の同級会の会計は森本がぜんぶ持ったという。
「・・・森本のワンマンショーだった」
脇坂は、吐き捨てるように言った。
「何でも、ハリウッドの白人だけが加入できるクラブのメンバーに選ばれた縁で、WASPというか白人至上主義の教会の信者になったと自慢していた。ホワイトに一点だけイェローが混じってどんな色になるのかね」
そんな皮肉を飛ばす脇坂を見るのも久しぶりだ。
【あこがれの女教師は娼婦(その29)から】
「川崎くんの言うミッションって?」
エリカのことばの裏に何か宗教的情熱が隠されていると感じたので、そうたずねた。
・・・なだめるためには、言いたいだけ言わせて、とことん聞いてあげればいい。
エリカはよくぞ聞いてくれたとばかりに、
「ひとが生きる証。それがミッション。・・・パッションと言い換えてもいい」
エリカは目を輝かせてミッションの話をはじめた。
【あこがれの女教師は娼婦(その28)から】
「森本くんも美祢子先生に恋をしていて、先生が娼婦と知ってショックを受けた。それで、先生を罰したいと思った。でも、一方では先生を犯したいという抑えがたいリビドーもあった。・・・それであんな事件を」
エリカが、心理学の用語を口にしたのには驚いたが、
『じぶんも金があれば先生を買ったかもしれない。森本には金があった。だが、じぶんにはリビドーしかなかった。違いはそれだけだった。いや、じぶんは先生を罰しようなどとは思ってはいなかった。・・・断じて』
そんな思いがぐるぐると頭の中を回っていた。
【あこがれの女教師は娼婦(その27)から】
「今日は、川崎くんがアメリカの医者になるのと俺がカリフォルニアの弁護士になる前祝に、この店のいちばん高いワインを買い占めた。俺のおごりだ。じゃんじゃんやってくれ」
と高らかに宣言した。
森本は、すでに酔っているようにも見えたが、目の前のテーブルにはワイングラスなどはなかった。
ワインではなく、じぶんのことばに酔っているだけなのだろうか?
【あこがれの女教師は娼婦(その26)から】
「森本くんがいる!」
と叫んだのを聞いて、エリカと脇坂と3人で思わず顔を見合わせた。
たしかに、奥に設えられた白い布に覆われたテーブル席の中央に、太い葉巻をくゆらせる森本が悠然と座っていた。
【あこがれの女教師は娼婦(その25)から】
ほどなくして、脇坂は教室にもどって来た。
クラスメートはいちおう歓迎はしたが、受験勉強にドライブがかかっていたので、もはや放課後に賛美者たちが彼の周りに集まることはなかった。
駅前の喫茶店に誘って、エリカがD坂にやって来たほんとうの理由は話さずに、美祢子先生とホテルに入った若い男は、100%森本でまちがいないと返事があったとのみ伝えた。
「川崎くんは、警察にそれを話さなかったのを後悔しているようだ。何なら今からでも警察に言うべきか悩んでいるようだ」
エリカをかばうような言い方になったが、
「最近の警察は、『私が殺しました』と出頭して来ても、物的証拠が揃わなければ簡単に逮捕はしない。まして、高校生が教師とホテルに入るのを見たと高校生が証言したところで、どこまで信用するのやら」
脇坂は自信たっぷりに答えたが、そこにはエリカをかばうようなニュアンスもあった。
【あこがれの女教師は娼婦(その24)から】
どうしてD坂に行ったのか今もって分かりません。
嫉妬心でしょうか?
ふたりでホテルにでも入ったら、私はどうしたのでしょうか?
じつはあの夜バッグの中に包丁を隠し持っていたのです。
そうなったら、その場でどう動いたのか、それは想像もできません。
ひとはこころの内に毒蛇を飼っているとよくいわれます。
もしかしたら、あの夜、私は毒蛇の化身になったのかもしれません。
【あこがれの女教師は娼婦(その23)から】
「若い女の死体は見たか?」
脇坂は、廊下をを見回してひとの通りが途絶えたのを確かめてから、あまり思い出したくない話題を持ち出した。
「下半身だけむき出しで股間が血で濡れていた」
暗かったのに、脇坂はしっかりそこは見ていたということか・・・。
「新宿の時と同じだよね」
これにはうなずくしかなかった。
「しかも、あの駐車場で殺したのではなく、どこかで殺してワゴン車で運んで来た。それまでの猟奇的連続殺人では、ホテルなりテントなりで、衝動的に女を殺していた。しかし、吉原では、殺して運んで来た。・・・いわば、猟奇事件をなぞっただけだろう」
「衝動的ではなく計画的だったということかな」
【あこがれの女教師は娼婦(その22)から】
あなたは、「美祢子先生を殺したのは森本くんだ。D坂で彼を見かけて後をつけたのでまちがいない」とおっしゃっていましたね。
とすると、一連の殺人も森本くんの仕業と考えるのが自然です。
ですが、今回の吉原の事件は、彼がカリフォルニアに出発した後脅迫状の殺人予告が届き、実行したことになります。
よくある模倣犯だとしたら、どうして私の住所などを知ったのでしょうか?
【あこがれの女教師は娼婦(その21)から】
口々に叫ぶ男たちに驚いて半身を起こし、手を見ると、刃物を握っていた。
2台の救急車と3台のパトカーがサイレンを鳴らして駆けつけてきた。
手にした刃物を取り上げられ、そのうちの1台のパトカーに乗せられた。
改めて手を見ると、掌が血でべっとりと濡れていた。
額と後頭部がずきずきと痛んだが、手もからだも刺された気配はなく、出血はしていなかった。
掌の血は、刃物を握った時に着いたにちがいない。
ということは、この血は脇坂の血なのだろうか?
【あこがれの女教師は娼婦(その20)から】
「ほんとうに、ここで殺人事件があるのだろうか?」
こころ細くなってたずねると、
「今まであの殺人予告が来たら必ず殺人があった。犯人は几帳面な優等生なのか、必ず指定の日時と場所で殺人を犯している。今回もまちがいはない。・・・ソープって、12時に閉店と条例で決まっているので、閉店間際に予約して入った客がソープ嬢を惨殺するはずだ。11時だか、11時半に予約した客が遊んだ後に殺すと、ちょうど12時だ」
と、自信たっぷりの脇坂は、すべてを予見したように言った。
【あこがれの女教師は娼婦(その19)から】
「ところが、この殺人予告は、森本がアメリカに旅立ってから届いた。ここにいない人間が脅迫状を送りつけたり、殺人を実行したりがどうしてできる?」
「・・・・・」
「答えはひとつだ。・・・川崎くんがD坂で見かけた男は、森本ではなかった」
「では、誰が?」
「君の住所を知り、美祢子先生がD坂で娼婦をしている噂を聞いた男だ。胸板が厚くガタイがでかいスポーツマンタイプの男・・・」
「ああ、それって同級生?いや、われわれの高校の体育会系の部活の男か?森本から美祢子先生の噂を聞いた奴なら誰でも犯人になりうる」
そう叫んで、思わず脇坂と顔を見合わせてしまった。
【あこがれの女教師は娼婦(その18)から】
「川崎くんが、D坂で森本を見かけて追跡し、美祢子先生とラブホに入るところを目撃した」
と白状すると、
「川崎エリカか?」
とたずねた。
「ああ、こっちは背後から、彼女は横から・・・。で、美祢子先生を殺したのは森本だと彼女は固く信じている」
「君は?」
「暗くて、真後ろからだったので、よく分からない」
「だが、川崎くんは刑事にそうは言わなかった」
「理由は分からない・・・。とどのつまりは、確信が持てなかったのか?・・・ただ、森本はふたりの目撃者が背後にいたことを知っていた」
【あこがれの女教師は娼婦(その17)から】
「森本くんが交換留学生に選ばれるとは思わなかった」
おぞましい殺人鬼と思っている劣等生の森本と同じ壇上に並ばされる屈辱を味わされたエリカは、そう言って怒りに震えた。
森本の父親は、中堅の消費者金融の会社のオーナーで、金の力で交換留学生に押し込んだのは見え見えだった。
「あんな下司と、アメリカまで行って、同じ高校に通うなんて考えられない」
お嬢さまとばかり思っていたエリカの口から、はじめて毒のあることばを聞いた。
【あこがれの女教師は娼婦(16)から】
「危うかったな」
と顔を寄せて言った。
「われわれはホームレス殺しではないので、別に危うくはない」
と怪訝な顔で答えると、
「甘いな。日本全国の青少年がホームレス狩りをやっているのを知ってるか。警察は、われわれを新宿のホームレス狩りの犯人に仕立てようとしたのだ」
「へえ~」
「事に及ぼうとしてズボンを下したカメラマンが、頭をかち割られる前に男を見ていたので助かった」
「おお」
「何でも、黒のコートに大きなサングラスに黒マスクというのを覚えていたそうだ」
「それって?」
「そう、まちがいなく俺たちが見た男だ。・・・それで俺たちの疑いは晴れた」
【あこがれの女教師は娼婦(その15)から】
あまり居心地のいい時間ではなかった。
先へ行っても後にもどっても、大人の愛欲のすさまじさを見せつけられるだけだった。
さすがの脇坂も同じで、ちょうど二つの愛欲の場の中間の、いわばニュートラルな緑地にふたりはへたり込んだ。
持って来た魔法瓶から、ホットコーヒーを二つのカップに注いで分かち合った。
脇坂は、この公園ぜんぶでどれだけの愛欲の交換が行われているのかを想像して打ちのめされたのか、しおたれていた。
・・・遠くで女のうめき声が聞こえたような気がした。
顔を見合わせ、リュックから懐中電灯を取り出し、ブルーテント目がけた木立の中を走った。
ちょうど、女のテントから男が抜け出し、円形劇場の方へ走り出す男が見えた。
黒いコートに、大きな黒いサングラス、黒いマスクのガタイのいい男だ。
小鹿のように走り出した男の背はみるみる暗闇の中へ消えていった。
ブルーテントの中を懐中電灯で照らすと、カメラマンの男がズボンを半分だけ下した格好で頭を抱えてうずくまっていた。
その横のマットレスの上で、仰向けに横たわった女の剥き出しの下半身が浮かび上がった。
【あこがれの女教師は娼婦(その14)から】
こんな寒さにもめげずに、大きな円形のコンクリートの低い壁に囲まれた噴水池の周りに点在するそれぞれのベンチに、一組ずつカップルが抱き合うようにして座っていた。
街路灯が敷地の四隅で光っていたので、殺人犯がそんな中で襲うとも思えなかった。
それに、可憐な女性の傍らには頼もしい男性がいて、何があってもしっかり護ってくれるはずだ。
脇坂とは離れてそれぞれ行動するつもりだったが、暗闇の中ではかえって危険かもしれないと思い、ふたり一組で都庁の裏のホテルを出て、公園を東側から西側の甲州街道へ抜け、それから少し北へ出てからまた東側へもどるようにしたが、道のないところを歩くのは大変だった。
だいいちそんなところに客を引く娼婦がいるはずもなかった。
【あこがれの女教師は娼婦(その13)から】
森本のあとを追ったエリカは、美祢子先生と肩を並べてラブホテルに入るのを見たと言った。
路地の奥でそれを見ていたエリカは、じぶんが向かって来るのに驚いてD坂の方へ逃げ帰ったということだった。
「森本でまちがいない?」
「美祢子先生に話しかけた時は、大きなサングラスと黒いマスクで顔を隠していたけど、まちがいない」
「学校に来た刑事さんにそのことは話さなかった?」
「あまりに恐ろしくて、・・・とても言えなかった」
【あこがれの女教師は娼婦(その12)から】
「シンジュクチュウオウコウエン11ヒ20ジ」
前と同じような定規とボールペンで書いた手紙が、また家に届いた。
今週の土曜の夜、新宿中央公園で、ひとを殺すという予告だった。
「連続殺人魔から殺人予告が届きました」
と警察に届けようか?
だが、たかが高校生の悪ふざけとして取り合ってくれないような気がした。
放課後、玄関の下足棚の前で脇坂の帰りを待った。
校門に向かって並んで歩きながら、2通の手紙を見せると、脇坂は驚いた。
駅前の喫茶店で話すことにした。
ふたりとも制服を脱いでから店に入った。
校則では、制服を着て飲食店に入ってはいけないことになっていた。
・・・ならば、脱げばいいだけのことだ。
【あこがれの女教師は娼婦(その11)から】
女はスーツのジャケットと白のハイネックセーターは着たままで、下半身はスカートも下着も身に着けていなかった。
鮮血は下腹部からとめどなく流れていた。
若い男はレイバン風の大きなサングラスと黒いマスクだったので、フロントの従業員は男の顔を憶えていなかった。
背は高くラグビーの選手のようながっちりしたからだだったと語っている。
【あこがれの女教師は娼婦(その10)から】
美祢子先生が殺され