あらすじ
気がつくと夜中だ。わたしの薬は12時間くらい効くので、多動性障害のある、わたしには、心痛極まりない 体験となる。薬がきれたあとも余韻が残るために、何を書いたのかまったく覚えて居ない。多動とは、心の病だけではなく、肉体的な疲労困憊と文字を書く作業をする人にとっては、命取りになりやすい。長く文章が書けなくなるために、何もしない事も試みた経験はあるのですが、ただ、波の音をYouTubeにてヒーリングするだけの毎日に嫌気が差す。ベッドメイキングもできないまま、時間だけが過ぎてゆく。過ぎ行く時間の中に、意味をみいだしたいのですが、蜘蛛の網に絡め取られたバタフライの如く。心痛極まる時間だけが過ぎ行く。やっとの思いで文字を書けるようになると、就寝時間、間近となる。これまで、普通に毎日長文を書けていた事が嘘のように感じます。お薬を7日間処方していただいて、2、3日分しか飲めて居なかったことに、毎回、気圧される。やりたいことをするために、お薬を処方通り飲まない事の罪悪感よりも、飲まない事への開放感が勝る。医師からは「あなたは○○するためにお薬をきちんと処方通り飲まない。」注意されるたびにへこみます。365日中、処方されたお薬のあまりばかりが、増加する。ポリ袋に入れて、病院をサボる癖があるために、残しておきますが。お薬を処方通り飲む事のほうが、恐怖なのです。時間が解決してくれる。しかし、10年経過しても、わたしが変わらないので何も変わらない気がします。ほんとうは、もらってるものの方が、多聞なのに。こんな自分が嫌になりながらも、毎日を過ごして居ます。何も変わらない。何も変えようとしない。悪循環の繰り返し。文才のない、蔑ろと言う存在が攻め入ります。