あらすじ
兄が、最近魂を失ったみたいだ。
私の胸中は、口数は少なくとも熱い男だった兄の、げっそりと豹変した姿への不安が大多数を占めていた。よりによって受験前に……。
「ねえ、彩華の方はどうなの?」
そんな、三日前からの異変のことについ頭を巡らせていると、友人の未稀に現実へ引き戻される。
近頃、九十九山の麓にある鎮御山神社の近辺の人、特に四十代以上に頭痛や幻聴が多くあるという。数人の話ではない。辺りに住む多種多様な人間が皆、何かおかしな、頭をガンガン鳴らす音を聞くというのだ。
「うちの家族はみんな大丈夫なんだけど……」
昨夜、おかしなことがあった、とまでは言えなかった。
***
昨日の深夜、なかなか眠れずに目を開けていると、音がしたのだ。仏間の襖を開け、ペタ、ペタ、と何者かが侵入してくる物音。時間は恐らく十二時頃だっただろうか。様子見に、頭まで隠す布団を少し剥がそうとするが、腕はグググググと震えるだけで動かない。まるで糸に縛られたようだった。
ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ベタ、ベタ、ベタン、ベタン
畳の上を歩く音がだんだん近づいてくる。この時初めて私は本物の恐怖を知った。脳が真っ白になり、瞬きを忘れたみたいに目がパッチリ開いている。足音は徐々に遠ざかる。兄の布団の向こう、仏壇辺りへ向かったようだ。カチン、という陶器がぶつかるような音がした。
グゥゥフフフフフフフフ
かと思うと、上ずったような嗄れ声。
向こう側の襖が開き、閉まる。仏間は再びしんとした暗闇に包まれた。布団を剥ぎ取り、周囲を見渡すが、闇に侵され、目視出来るものはなかった。
次の日の朝、目覚めてすぐに仏壇へ向かった。
チーン、チーン
凛とした音が、まだ鈍っている脳を起こす。父へ朝の挨拶をするが、グレーの邪念が脳をどよんと包んでいた。
――仏壇には異変は無いらしい。
なら、と仏壇の隣の板間を見てみる。
――ウソ?
私の頭に金槌が振り落とされた。
――開かずの壺の蓋が、ずれてる?
***
この日から、私と兄を、“そこにいてはならないもの”が取り巻くことになろうとは、当時の私は露ほども思ってはいまい。