あらすじ
昭和二十年、京都、夏。売れない小説家の男――『私』は風に飛ばされた原稿を追いかけて侵入した洋館の庭で、奇妙に美しい娘と逢う。娘が原稿用紙をなぞると、小説の一節が紙から剥がれ、娘の指に絡みついた。娘はその指を舐め、言の葉を喰む。
「続き、ありますんやろ」
娘は振りかえり、とろりと蜜のように微笑んだ。
「私、貴男の書いた小説が喰べたい――」
日本の古今の記録を収めた『本』として庇護される娘と、そんな彼女の飢えを満たすため原稿を書き続けることになった《私》――『私』は『娘』に惹かれていくが、敗戦を経て『本』の処分がきまる。
本は焼かれた。人は燃やされるか。
夏の終わり、京都のはずれに誰も知らない墨の雨が降った。
*第二次世界大戦(太平洋戦争)の時代を舞台としていますが、実在の国家、個人、団体、戦争とは一切関係はありません。あくまでも幻想小説としてお楽しみいただければ幸いです。