あらすじ
赤い糸を切る時
本文:3486文字
恋愛には、相手との小指と小指が赤い糸で結ばれているのかが非常に重要になる時がある。恋愛とは、大胆さを必要とする場合と、大人しさを要求する場合、そして、黙する場合がある。曖昧さは、要求されないのが、恋愛だが、相手に対して失礼に当たる言葉は避ける。曖昧さが皆無かといえばそうではない。黙るときは必要であり、相手の話を聞いていないとなる。相手の話を聞きすぎるのも問題であり、行為を持っていないのに、勘違いを与えてしまう可能性がある。恋愛とは、面倒ごとの塊であり、自分を大切に出来ない時に、相手を尊重するのは無理に等しい。あなたが、女性であるにせよ、男性であるにせよ、女性でも異性を愛せない人もいれば、男性が男性を愛することもあるだろう。それらを紐解くと、幼少期からの生活に重きをおくことになるだろう。恋愛とは、死ぬまで寄り添うことが美しい。そんな考え方は古いとされて、ハシシに溺れるためだけに生きる女性たちも多くいるのが現実なわけだ。通常の恋愛を愛する人たちからしてみれば、愚の骨頂であり、そこに諍いやいがみ合いが生まれる。私の場合は、美しい恋愛を求めながら、結果的に見れば、美しくない恋愛に辿り着いてしまったことは、やむを得ない事実である。人間とは、結果からしか、表現力だったり、主義主張を行えない生き物だと思う。その結果、君は破綻したと言われれば、その人の見解は正しいものだろうし、その結果、君は孤独になったそれもまた事実であろう。これが、結果主義であり、小説では結果の見えない状態。読書が内容を読む時に納得がいく内容であれ、不満が湧き出る内容であれ、相手の心を揺り動かしたのは事実である。私が赤い糸を切り続けたのには、理由がある。相手を重んじすぎて、お付き合いに至らなかったのであり、経過には、まあまあ自信がある。自分に自信が持てないと、恋愛は続かない。相手がどんどん変化する人ならば、私の場合は願い下げである。それまでの出会いとして別れるだろう。それほど人間の性や性質だったり、得意とする物が異なるだけで恋愛は破綻する。ドラマのようには、いかないのが恋愛であり、小説のように常にハッピーエンドにはならないのも恋愛である。