あらすじ

☆その昔、源頼朝公から絶賛され、源氏の御旗を賜わった者達がいた。

①宇都宮(八田)氏は、平安時代の末頃から豊臣秀吉の時代まで、約500年間、下野(しもつけ)の国を、統治していた守護大名でした。宇都宮氏が一番強かった時代が、鎌倉時代で有り、宇都宮氏の娘が「将軍・源頼朝」公の乳母(寒河尼)であったので、頼朝公の旗揚げ時に参じて配下となりました。宇都宮氏は、鎌倉幕府の有力御家人であり、あの北条時政公と、牧の方の娘が、嫁ぎに来ました。

②この乳母を輩出した系譜(宇都宮氏)は、室町時代に於いても「将軍・足利尊氏」公に付き従い、当主であった十代目は、尊氏公より直々に「氏」の一字を賜り「宇都宮氏綱」公と名乗りました。そして足利氏の内紛であった「観応の擾乱(かんのうのじょうらん)」時に活躍して、将軍・足利尊氏公の勝利に貢献致しました。また、この宇都宮氏の分家の一つ「大久保氏」は、三河以来の最古参の配下として「将軍・徳川家康」公が出現する以前より、松平家に仕えて天下分け目の「関ヶ原の合戦」時に於いては「敵将・真田幸村」の家康公本陣への進撃を、唯一撃退することが、出来た配下となりました。この一族の系譜は、代々「日本国の将軍」を守り、育てる天命を持つ一族であったのです。

③下野岡本氏は、坂東武者の代名詞と成った紀清両党の内、清党である清原姓芳賀氏の庶流でした。宇都宮朝綱公に従い、宇都宮氏の属下として抜群の武功(奥州合戦1189年)を顕わしたことにより、源頼朝公から直々に、源氏の白旗一流ずつを贈られました。そのときに「お主らは、坂東一の弓取りぞ。」と称えられました。このことが後世まで芳賀・益子氏の栄誉とされ、世にその武勲を知らしめる端緒と成りました。

④大坂夏の陣に於いて敵将・真田幸村が、徳川様の大軍の中に於いて、まるで無人の野を行くが如きに、家康公本陣にまで突入しました。そのときに歴戦の勇者揃いで、屈強でした家康公の旗本衆が、総崩れに成りました。真田氏は、戦国時代最強と恐れられていた甲斐武田氏の家臣の一党でした。「武田を制する者は、これまた武田のみ」このとき、その者を唯一止めた者が居りました。その御方の名前を「大久保彦左衛門・忠教(ただたか)」公と言いました。この御方は、信玄公の弟君でした逍遙軒こと、武田信廉公の娘を娶っていた、新しき武田の一門と成った者でした。(全16話)

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アルファポリス
アルファポリス2022/11/26
  • 現在の作品新・坂東武者の誉れ