あらすじ
※ネタバレ注意 【キャラクター設定】 ◇アリシア・フォン・シュタイア …十一歳。伯爵令嬢。年の差がある婚約者ルキノと自分が釣り合わないのではないかと気にしている、すこし自分に自信のない女の子。 ◇ルキノ・ツィ・ランディヴルク …十八歳。辺境伯令息。アリシアの婚約者。文武両道、容姿端麗で、みんなの憧れの的。基本的にはやさしいが、特にアリシアに対しては、捻くれた態度をとったり意地悪を言ってからかったりもする。飄々として軽薄に見えるが、根は誠実。 ◇シュタイア伯爵 …アリシアの父。曲がったことが嫌いな、真っ直ぐな性格。娘を溺愛。 ◇ランディヴルク辺境伯 …ルキノの父。国境の眠れる獅子と噂される、やり手の実力者。 ◇皇太子 …純情な青年だが、やや思慮が浅く、短気なところがある。 【長編化した際のプロット】 <序章> 「婚約者? はっ、冗談だろ。こんなのちびガキじゃねえか」 辺境伯の嫡男ルキノと伯爵令嬢アリシアは、父親が無二の親友同士ということもあり、十四歳と七歳で婚約することになった。その初顔合わせのとき、ルキノがアリシアに言い放ったのが、そんな一言である。以来、アリシアはルキノと七歳も歳が離れていること、自分がまだまだ幼いことを、ずっと気にし続けていた。 <第1章> 出逢いから四年が経ち、十八歳になったルキノは、すらりと背も伸び、文武両道の誉れ高く、皇都中の少女たちの誰もが恋するような青年になっている。ひとたび騎士見習いの青年たちと剣の稽古をはじめれば、周囲には黄色い声が満ち、またそれが終わったときには、額にきらきらと輝く汗を拭うのにと、貴族令嬢たちがこぞって手ずから刺繍した手巾を渡そうとする。そんな日常茶飯事を、いつもアリシアは遠巻きに見ては、むっとくちびるを引き結んでいるのだった。 でも、そうやってアリシアがルキノを見ていると、なぜかルキノは目敏くアリシアを見つけてしまう。ひらり、と、手を振り、一直線に、アリシアのところまでやってくる。 「やあ、俺のリーシャ。ちいさいから気づかなかったけど、いたならちょうどよかった。手巾貸して」 にや、と、笑って、そんなことを言ったりする。 「いやよ。意地悪なルカ兄さまになんか貸さない」 「拗ねるなって。かわりに、リーシャの好きなお菓子を買ってやるからさ」 「……仕方ないわね」 アリシアが折れると、ルキノは、ちらりと苦笑する。そして、わざとらしくひざまずき、恭しくこちらの手を取って爪の先にキスをすると、にや、と、悪戯っぽく笑うのだ。完璧なレディ扱いの後は、アリシアと手を繋いで歩き出きだすのだった。 アリシアだってわかっていた。ルキノが、憎まれ口を叩いたり、意地悪なことをしたりしながらも、アリシアのことを可愛がってくれていることを。でも、それが妹みたいな存在としてであることも、同時に十分に理解していた。 早く大きくなって、ちゃんと婚約者としてルキノの隣に並びたい。 アリシアの焦りには理由があった。ルキノは今年十八歳になり、成人を迎えたのだ。以降は、社交の場にも顔を出すことになる。アリシアの知らないところで、ルキノに似合いの魅力的な令嬢とたくさん出会い、恋の駆け引きなんかを楽しむようになるのかもしれない、と、思うと、まだちいさな胸がしくしくと痛むのだった。 <第2章> そんなある日、アリシアは街で、不思議な女性から一本のリップを買う。屋敷に帰って鏡の前に座り、それを塗ってみると、たちまちアリシアの身体は伸びて、ルキノと同い年くらいの少女のものに変化した。リップをくちびるから落とすと、もとに戻るらしい。 最初は驚き、戸惑ったアリシアだったが、侯爵家での晩餐会にルキノが招かれていることを思い出し、この不思議なリップの力を使って、こっそり紛れ込むことを決意する。母のドレスをこっそりまとい、アリシアは晩餐会に出掛けたが、そこでルキノと顔を合わせ、誘われてダンスをすることになる。十一歳のアリシアではルキノと踊っても様にならないけれど、いまは違う。誰もが目を奪われるような、素敵なダンスを踊ることができるのだ。アリシアはうっとりするような楽しい時間を過ごすことができた。 翌日、アリシアは急な眠気に襲われて、ふらついてしまう。ルキノが抱き上げ、アリシアをベンチまで運んで休ませてくれる。ちいさな肩を抱かれたとき、どきどきするとともに、アリシアは昨夜のダンスのことを思い出した。 「ルカ兄さま、昨日は晩餐会だったんでしょ。たのしかった?」 「ん、ふつう」 そんな返事を聴きながら、うそつき、あんなに楽しそうに笑ってたくせに、と、アリシアは思う。でもその相手は実は自分だったのだ、と、そんな秘密に、ひとり頬をゆるめるのだった。 ルキノが招かれた次の晩餐会にも、アリシアはリップを塗って、大人のふりをして参加した。そしてまたルキノと踊ったり、話したりして、楽しく時を過ごした。 そんなことを何度か続けた頃、最初はただルキノに釣り合う女性になっている自分がうれしくて、たのしくて、しあわせな気持ちばかりだったアリシアの中に、複雑な思いが芽生えはじめていた。ルキノが、アリシア以外の――中味は自分とはいえ――女性と楽しそうに踊ったり話したりするのは、いやだ。でも、ルキノにはやっぱり、十一歳のちびでガキなアリシアなんかよりも、歳の近い相手のほうが似合うのかもしれない。ルキノ自身も、そういう相手と恋をしたいと思っているかもしれない――……もう、しているのかもしれない。 胸が痛くなったアリシアは、もう二度とリップは使うまいと決心する。 <第3章> その頃、晩餐会で大人の女性の姿をしたアリシアを見初めた皇太子が、謎の令嬢を探しているという噂が立っていた。アリシアは晩餐会に入りこむ際、伯爵家への招待状を使っていたため、父・伯爵のもとへも皇太子から問い合わせがある。何も知らない父は、正直に知らないと答えたが、伯爵が嘘を吐いてくだんの娘を隠しているのではないかと疑った皇太子は、怒って、伯爵を投獄してしまう。自分の行動が父を窮地に陥れる結果につながり、アリシアは後悔に暮れる。 父を助けるため、アリシアはもう一度リップを使うことを決意する。大人の姿になって、皇太子に自ら会いに行き、真実を話して詫びるのだ。 宮殿にやってきたアリシアは、皇太子と会うよりも前に、なぜかルキノと遭遇する。そこへ皇太子がやってくる。 「たとえ皇太子殿下でも、彼女は渡せない」 ルキノは、アリシアをかけ、なんと皇太子に決闘を申し込んだ。ルキノがアリシアのために闘ってくれようとしている。でもそれは、ほんとうのアリシアではない。アリシアは泣きたい気持ちになる。 決闘はルキノの勝利に終わり、皇太子は二度とアリシアを探さないこと、また、伯爵を解放することを約束してくれた。 ルキノはアリシアを宮殿外に連れ出すと、そこで大きくため息を吐いた。 「これに懲りたら、もう二度と、無理な背伸びをしようとするな、リーシャ」 「知ってたの……? どうして……?」 「お前のこと、俺が気づかないわけがないだろう」 ルキノは自分がダンスした相手が、不思議な力で大人の姿に変化したアリシアだと気づいていたのだ。 「婚約者なんだから、わかるさ」 「でも、ルカ兄さまはあたしのこと妹みたいなものだと思ってるでしょ」 「そりゃあ、お前が、ルカ兄さまなんて言ってるうちはな……でも、お前がいつか恋に落ちるなら、相手は俺以外、許さないとも思ってる」 「恋になら、もう落ちてるわ……ルカ兄さま……ルキノさまは……?」 「恋をする前に家族になることは決まっちまったけど、でも、その後でも恋なら出来るさ。いつか俺はお前に本気の恋をするんだ。今回のことで、それを確信した。俺の初恋はお前に捧げるから……ゆっくり、大人になればいい、アリシア」 焦って大人になりたがっていたアリシアは、ルキノの言葉に安心して、ぽろぽろ泣いてしまう。ルキノはアリシアの涙を拭いてくれ、ついでにくちびるに塗ったリップもぬぐい、アリシアは子供の姿に戻る。ルキノは自分の上着を着せかけてくれ、アリシアを抱きしめて撫でてた。 「さて、お前はまだ子供だし、俺だってまだ大人の仲間入りをしたばかりだ。こういう時は、経験豊かな大人に頼ろうぜ」 そう言ってルキノは、自分の父・辺境伯に相談し、皇太子への取りなしなど、事態を丸くおさめてくれるよう頼むのだった。 <終章> 四年後、二十二歳になったルキノは、領地経営を学ぶために、国境に近い辺境伯領に戻っている。そこへアリシアが訪ねていく。 「ルカ兄さま!」 「そろそろ兄さまは卒業させてくれ」 「あら、そういう兄さまがいつまでもあたしを妹扱いなさるのが悪いのよ」 「そんなことはない」 アリシアは成長して十五歳となり、春に綻ぶ花のように愛らしい少女になっている。街を歩けば、そこここで、年頃の青年たちはアリシアを振り返る。ルキノは見せつけるようにアリシアの肩を抱く。 「今夜の晩餐会では、わたくしめと一曲踊っていただけますか、レディ・アリシア」 ルキノが笑いながら言う。 「喜んでお受けいたしますわ、ルキノさま」 アリシアもくすくす笑って答えるのだった。