Synopsis
「極北に聖女はもう二人も要らん」
白夜二日目、辺境伯オズワルドはそう言って婚約を破棄した。王都から来た光属性の聖女ミレーユを抱き寄せ、十二年間ただ北塔で数字を数えていただけの女を嘲笑って。
アイシャ・ノルデンのギフトは【観測】。半径二十キロの気温・日照・積雪深・土壌水分を数値として視ることができるだけ。戦えない。癒せない。ただ、測れるだけ。
――けれど前世の彼女は、気象庁の季節予報官だった。
「かしこまりました。では、本日より『凍死者名簿』の記入を、あなた方に引き継ぎます」
薪の配給順。暖炉割当。老人と乳児の居室移動。すべて北塔で計算されていた。
去年の凍死者は四十三人。今年の見込みは、六十八人。
笑い声が止まった広間で、アイシャは静かに記録帳を閉じる。
白夜は九十七日続く。太陽は沈まない。祈りでは雪は解けない。解けるのは、積算日照が閾値を超えたときだけだ。
四千三百八十日分、一日も欠けていない観測記録。
毎朝なぜか増えている「出所不明の薪、三本」。
『お姉さんは、数えてる人、でしょう』と呼んだ厩番の少年トビアス。
無表情のまま扉を叩く、竜人の血を引く守備隊長ヴァルト。
そして――三百年前、同じように数え続け、誰にも信じられなかった「先輩」の記録。
これは、誰にも見えない数字を十二年間積み上げた女が、ざまぁも復讐もそこそこに、ただ粛々と「死者を減らす」物語。
数えることは、祈りだった。
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